児童精神科医が、実はよく観察している「診察室での親子の距離感」
子どもの本当の心の声を聞くには、何を話しても大丈夫だと思える「安心感」を与えることが必要です。児童精神科医である、精神科医さわさんが「つい口を出してしまう親御さん」に向けて語ります。
※本稿は、精神科医さわ著『児童精神科医が「子育てが不安なお母さん」に伝えたい 子どもが本当に思っていること 』(日本実業出版社)から一部抜粋・編集したものです。
つい横から口を出してしまう、待てないお母さん
「○○さん、最近、学校どうかなぁ?」
そう診察室で子どもに声をかけると、その子はちょっと困った顔をして固まってしまいました。お母さんに連れられてクリニックにやって来た、不登校の中学3年生の女の子です。
その子は診察室に入って来たときから表情が硬く、明らかに緊張していました。私が言葉をかけたあとも、その子は「こんなこと言ったら、お母さんは怒るかな?」というように、お母さんのほうをチラチラ見ては押し黙っています。
そのまま診察室に4秒か5秒の静寂が訪れ、その子が口を開きそうなそぶりを見せたそのとき、かぶせるようにお母さんが少し強めに言いました。
「学校にはもうしばらく行っていないわよね!」
もう少し待てばその子が自分で話すところだったのに、そうやって横から口を出してしまう親御さんは少なくありません。私は診察室でお子さんに話をしたいときは、あえて親御さんには顔を向けず、その子だけに視線を合わせて話すようにしています。ちょっとわざとらしいくらいに。
「あなたの話を聞きたい」という思いをわかってもらいたいからです。でも、まったく視線の合っていない親御さんのほうから答えが返ってくるのは、よくあることです。とくに過干渉な親御さんや心配性な親御さんの場合が多いです。子どもが答えるのを待てないのです。
児童精神科医はどんなところをみているか
精神科の診察室に連れて来られたら、もちろんだれだって緊張するし、とくにはじめての診療のときは5秒や10秒、場合によっては30秒ほどの沈黙があることがあります。
精神科医として患者さんをみるうえでは、「沈黙」というのは、じつはとても大事なものだと考えています。その患者さんが頭の中で考えて言葉を発する時間にどれくらい要するかは、うつ病の診断でも大きなポイントになります。
そして、「私はあなたの答えをいつまでも待ちますよ、ここはあなたにとってあなたが主体的に発言できる安心で安全な場所なのですよ」というメッセージも沈黙に込めています。そのため私は、沈黙している患者さんに困惑することはなく、診療時間が許すかぎり待ちます。
でも、その場にいる親御さんが沈黙に耐えきれなくなるのか、私を待たせて悪いと思うからか、すぐに「この子はこういう性格で、こんなことがあって」と話しはじめてしまうのです。
じつは、こうした親子の距離感も、私は興味深く観察しています。恥ずかしくて自分がしゃべれないからお母さんにこしょこしょ話す子がいたり、親に対してイライラを感じている様子の子がいたり。
ただし、どれがいいとか悪いという話ではなくて、今後の診療の参考にするために、親と子の距離感や空気を観察してカルテに記録しているのです。中には、あからさまに母親の態度におびえたり気をつかっている子もいます。この中学3年生の女の子もそうでした。
親子の間に、なんとも言えないピリピリした緊張感があるのです。なんと表現したらいいのか難しいのですが、そのお母さんはひと言で言うと、いかにも折り目正しいお母さん。
私までピッと背筋が伸びて、ドキドキして変な汗が出てきそうな感じです。言葉づかいや態度は礼儀正しく笑顔もときおり見せるのに、どこか少し怖いと思ってしまう感じ。
私が感じる緊張感を、その子は家の中で毎日のように感じているのだとしたら……、あんまり心が休まる場所がなくてしんどいだろうなぁ、と思いました。その子が家で安心してすごしている様子が、まったく想像できないのです。
子どもの心の声を聞くためには、まず「安心感」が必要
診療では患者さんである子どもの話をきちんと聞きたいので、親御さんにはいったん待合室で待ってもらって、お子さんと1対1で話をすることもあります。のちにその子から聞いたところによると、お母さんは口では「別に学校に行かなくてもいい」と言いながら、その子が学校に行かないとものすごく不機嫌になってしまい、それがつらいのだそうです。
もちろん、患者さん親子の空気というのは数値で測れるようなものではありませんし、だれもが同じような緊張感を感じとるわけでもありません。精神科医であっても、私とは異なる感じ方をする人もいるかもしれません。
いずれにしても、子どもが常に緊張感や不安を感じていると、本来のその子らしさを出せず、学校生活や家庭生活にさまざまなゆがみが生まれてくるのです。
親の態度や声のかけ方、家庭の雰囲気というのは、親が思っている以上に子どもの精神状態に大きな影響をおよぼします。こうした状況を放置していると、精神状態を悪化させたり、精神疾患を発症したりする原因になることもあるのです。
当然のことですが、児童精神科の診察室に子どもを連れて来られた親御さんに、「いつもニコニコ笑っていてください」なんて言うつもりはありません。親御さんは、これまで子どもの抱える問題に悩み、苦しんできたはずです。
どうしたらいいかわからずあせっている。そんな思いを抱えて診察室に来られた親御さんの苦しい気持ちは、よくわかります。でも、親御さんがあせり、苦しさを感じると、子どもはそれ以上にそれらを感じとるのです。
だからこそ、わかってほしい。親の与える安心感がどれだけ子どもに大きな影響を与えるのかということを。
子どもに不信感を抱かせる親のダブルバインド
子どもは大人の嘘に敏感です。たとえば、「わからないことがあったら、なんでもお母さんに聞いてね」と言われたのに、わからないことを聞いてみたら「そんなこともわからないの。自分で考えなさい!」と言われた、などもそうです。
「遊びに行く前に、さっさと宿題をやっちゃいなさい」と言われたから宿題を素早くやったのに、あとから「まちがいだらけじゃない! 適当にやるんじゃない!」と怒られた。「怒らないから、正直に言ってごらん」と言われたから、友だちをたたいたことを正直に言ったら、ひどく怒られた。
これらは「ダブルバインド(二重拘束)」と言って、嘘をつくつもりはなくても、最初に伝えたメッセージと、最終的に子どもに対して行った言動の間に矛盾がある状態のことを指します。多くの人が無意識のうちにやっていることですが、子どもはその矛盾を敏感に感じとるのです。
「早く宿題をしなさい」と「早くやったのに怒られた」という2つの矛盾した事象で拘束されると、子どもは混乱して「自分はなにをやってもダメなのか」と感じます。最初に「早く宿題をしなさい」と言ったなら、子どもが早く宿題をすませたことを認める必要があります。
それを評価せずに別のものを求めれば、子どもは心理的に混乱し、親に対して不信感を抱き、また自信が育まれません。
「怒らないから、正直に言ってごらん」と言うなら、やはり怒ってはいけないし、正直に言ったことを認めるべきです。そもそも、子どもに嘘をついてほしくないのなら、まずは「家ではなにを言っても大丈夫」と、子どもが安心できる場をつくることです。
また、体裁を気にして、矛盾した発言をしている人もいます。ほかのお母さんたちがいる場では、「うちの子には○○中学なんて絶対に無理よ」と言っておきながら、家では「○○中学に行ったら、将来は安泰よ」と言って、子どもに勉強させる、などもそうです。
まわりの人たちからどう思われているかが気になり、思ってもいないことを外では言っている親御さんもいらっしゃるのではないでしょうか。そのせいか、子どもに言っていることと、実際にやっていることの間に矛盾が出てくることもあります。
親自身には嘘をついている自覚がなくても、子どもが自分の期待したどおりの行動をしなければ結果的に怒るという手段をとってしまっている親御さんがいたら、一度、ご自身の言動に矛盾がないか振り返ってみてください。子どもって意外とよく見て気づいてますよ。大人の本心に。
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児童精神科医が「子育てが不安なお母さん」に伝えたい 子どもが本当に思っていること(日本実業出版社)
もしも今、子育てが大変、つらいと感じていながらも、子どもと幸せにすごしたいと願うのであれば、勇気を出して最後まで読んでほしい一冊。精神科医としてこれまで3万人以上をみてきた著者が、子育て中の親御さんに伝えたいメッセージとともに、「子育てで大切なこと」をまとめました。