「最後の夏にベンチ外、スタンドで応援」は無意味? 元楽天・聖澤諒さんが考える野球部3年間の価値

nobico編集部

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2024年夏、SNSを中心に「甲子園出場校の野球部員が、3年の夏にベンチに入れずスタンドで応援している」ことに対して議論が沸き起こりました。「3年間の意味がない」という声も。本当に選手として出場しなければその時間は無駄なのでしょうか?

楽天イーグルスの中軸選手として活躍し、引退後は楽天イーグルスアカデミーのベースボールスクールでコーチを務める聖澤諒さん。

「野球エリートとはほど遠かった」と自身を振り返る聖澤さんは、中学・高校生の頃にはそもそも部員不足で試合ができなかったり、また下級生であることを理由に試合に出られないといった経験をしてきたそうです。

自らのこれまでを振り返った自著『弱小チーム出身の僕がプロ野球で活躍できた理由』(辰巳出版刊)を発表したばかりの聖澤さんに、このテーマについてどう考えるか、そして子どもたちにどう伝えていくかについてお聞きしました。(写真撮影:黒澤崇/提供:辰巳出版)

3年間の野球部生活で得られる力とは?

――SNSで話題になった「試合に出られない、ベンチにすら入れなかった選手の3年間は無意味?」についてです。これは本当に無駄だと断じてしまっていいのでしょうか?

聖澤:決して無駄ではないと思いますし、子どもたちにもそう伝えたいです。仮に野球部に同学年の部員が100人いたとすれば、レギュラーは9人しかいません。

では残りの91人が3年間無駄にしたわけではなく、野球を通じて社会に出る準備をしてきたと捉えるべきです。高校野球の3年間で身につく能力や経験の価値は、現役選手を引退した今はより身にしみてわかります。

レギュラー以外の選手たちも、チームを支える重要な役割を果たしていて、チームの運営において様々な形でチームに貢献しています。大きな組織の一員として、組織を動かしていくという経験を全員が共通して得ているのです。100人全員が成功している3年間だと考えるべきです。

――学生時代に試合に出られなかった時期の聖澤さんは、どうモチベーションを維持していましたか?

聖澤:私の経験では、親への感謝の気持ちが大きかったです。大学は私立でサポートしてもらっている立場なので、練習がつらいからといって簡単に辞めるわけにはいきませんでした。また、切磋琢磨してきた同級生との仲間意識も大きな原動力になりました。試合に出られなくても、一緒に頑張ってきた仲間を応援したいという気持ちが生まれるのです。

野球だけではない…10代がスポーツをしなくなった時代に子どもに何を伝える?

――総務省の調査によると、野球だけでなく、バスケットやサッカーなど競技を問わずスポーツをしない10代が急増しているというデータがあります。(社会生活基本調査 / 平成8年社会生活基本調査 / 生活行動に関する結果 主要統計表)。現場でそのような傾向を感じますか?

聖澤:はい、感じます。公園でボールが使えないなどの環境の変化もありますし、子どもたちの体力低下も顕著です。ボール投げの記録や50メートル走のタイムが年々下がっています。また、運動会でも順位をつけないなど、競争を避ける傾向が強くなっています。

しかし、勝負事を経験することは子どもの成長にとって重要です。勝った喜び、負けた悔しさを通じて、努力することの大切さを学びます。社会に出れば必ず競争は存在するので、小学生のうちからその経験をすることが大切だと考えています。

――確かに、スポーツを通じて学べることは多いですね。野球と勉強の両立について、アカデミーではどのように指導されていますか?

聖澤:かつては野球の実力だけで強豪校に入学できる時代もありましたが、今は違います。どの高校でも学業を重視していますし、甲子園に出場する強豪校でも勉強ができる選手が多くなっています。

そのため、野球の練習時間を減らして勉強の時間を確保するチームも増えています。野球をするにも、将来の選択肢を広げるためにも、勉強は重要だということを指導しています。

弱小チーム出身の僕がプロ野球で活躍できた理由(聖澤諒)

弱小チーム出身の僕がプロ野球で活躍できた理由(聖澤諒、辰巳出版刊)

中学校時代の同学年のチームメイトは5名で公式戦では1 回戦コールド負け、公立高校でも同学年は2名で練習試合はほとんど勝てず…。
元東北楽天ゴールデンイーグルスの聖澤諒氏はプロ野球選手とは思えない経歴にもかかわらず、盗塁王や外野手無失策記録、WBC代表候補、そして球団初の日本一では中心選手として活躍した。本書籍はそんな聖澤氏の激レア野球人生を振り返るとともに、そこに至るまでの「考え方」に迫った一冊です。