斬新? こわい? 巨大な「ベイビーヘッド」を大人が被ってみたら、赤ちゃんのすごさが見えてきた

こどもの視点ラボ
2025.02.26 15:34 2025.03.03 11:50
こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より
こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より
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赤ちゃんを深く理解するために、こどもの視点ラボが開発した「ベイビーヘッド」。大人がかぶることで実感する、赤ちゃんのすごさとは?

斬新なアイデアを実現させるまでの道のりと、東京大学の赤ちゃんラボ・開一夫先生による解説をご紹介します。


※本稿はこどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)から一部抜粋・編集したものです。

不思議生物「こども」を理解するために、赤ちゃんになってみた

お話を伺った先生:開一夫 赤ちゃんラボ5.0 代表
レポート担当:石田文子 沓掛光宏

大人が赤ちゃんの頭になってみたら?

はじめまして。こどもの視点ラボの石田です。妊婦の頃、私はこどもを産めば自動的に“母性”が湧いてくるものだと思っていました。しかしです。ホギャーと生まれ、産院で手渡されたその小さな生き物は、首なんてクランクランだし、驚くほど軽くて壊しそうだし、抱くことすらおっかない。授乳ももちろん最初はうまくできず、「じゃあママにおっぱいもらってね」と去っていく助産師さんの背中に「ちょっと待って! ムリ! 2人にしないでー!!」と心の中で叫ぶ始末。あれ?母性は??

新生児が1日に10回もウンチをするなんて知らなかった※1。おむつを開くたびにここぞとばかりにおしっこを発射してくるなんて知らなかった。そのうち、よだれが滝のように流れ出すなんて知らなかった。子育てして初めて、自分が赤ちゃんについていかに無知だったかを思い知ったのです。

「いや、まだ遅くない。知りたい」

私は、日々0歳のわが子の不思議に目を凝らしていたパパ・アートディレクターの沓掛くんと共にこどもの視点ラボを立ち上げました。まず最初に彼から出てきたアイデアがこちらです。

こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より
こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より

え? なにこれ。斬新。「赤ちゃんって頭が重そうでしょ? 実際大人に置き換えてみるとどれくらい重くて大きいか、作ってかぶってみるのはどうだろう」。それは面白そう! ぜひとも体験してみたい。これが最初の研究「ベイビーヘッド」です。新生児は約4頭身、頭の重さは体重の約30%もあるといわれています※2。それを沓掛くん(身長180センチ、体重70キロの男性)に置き換えてみると、“頭の長さは45センチ、重さはなんと21キロ”という計算に。

新生児の頭を大人に置き換えると 長さは45センチ、重さは約21キロ!

こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より
こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より

私たちは空間芸術社さん(イベントや舞台、遊園地のアトラクションまでさまざまな造作物を作るプロ)にご協力いただき、「ベイビーヘッド」作りに着手しました。モデルは沓掛くんの息子のHくんです。最初は赤ちゃん顔のおじさんみたいだったのが、目の大きさや頬の赤みを調整することでHくんに似てきました。かぶってみると十分重いぞ。これ以上の重量にすると首がゴリッといっちゃいそう…。危険なので重さの再現はやめよう、という判断に。

こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より
こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より

こうして出来上がったベイビーヘッドを持って、私たちはかねてから「こどもの視点ラボ」について相談させていただいていた東京大学・赤ちゃんラボの開一夫先生を訪ねました。先生は赤ちゃん学の第一人者であり、選好注視法※3を使って赤ちゃんの好みを分析し、赤ちゃんが本当に喜ぶ『もいもい』『うるしー』などのベストセラー絵本を作られた方でもあります。まさにこどもの視点で作った絵本!

こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より
こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より

ベイビーヘッドを持って、東大・赤ちゃんラボを訪ねてみた

こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より
こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より

石田:先生、ベイビーヘッドができました。

開先生(以下、先生):こ、こわいね。顔はかわいいけど。こんなに大きいんだ。ちょっとかぶってみていい?

石田:おお、先生自ら体感していただけるとは!

先生:重いね~、これ何キロあるの?

沓掛:現状では1.5キロです。計算では21キロになるんですが、かぶるには危ないので。

先生:これはすごいなー。こどもがベランダから乗り出して落っこちちゃうっていう悲しいニュースがあるのも分かるよね。これでバランスをとるのは本当に大変だ。僕も初めて実感しました。頭では分かっていても自分でかぶると相当重いね。計算では21キロ?

石田:はい。うちの息子が6歳(取材当時)なんですけど、いま体重がちょうど21キロで。6歳児を頭に乗せて生活しているようなものかと思うと、とてつもないですよね…。

先生:いやーすごい(笑)。こんな頭で寝返りをうったり、立ったり、首がすわるっていうことが、いかにすごいことか。相当なバランス感覚が必要だよね。

石田:先生の著書で赤ちゃんの脳は全体重の約7分の1※4だと読みましたが人間だからそれほど重いのでしょうか?

先生:猿やクジラも脳は重いと思うけど、体重比というか自分のカラダ比からいうと人間の脳は抜群に重いよね。

石田:そもそも赤ちゃんって、どうしてこんな大きい頭で生まれてくるんでしょう?

先生:これでも小さいサイズなんだよ。人間は直立歩行だから、他の動物よりも産道が狭くなってるんだよね。だからそこを通れるように、頭が小さい未熟なうちに出てくる。

石田:他の動物よりかなり早産ということですか?

先生:そうだね。生まれてすぐ立てるシマウマや鹿と同じくらい成長してからだと、産道を通れないから。小さく未熟なうちに出てくるから、他の動物より早くに外界や親と接して刺激を受けることになる。学習できる。それが “人間らしさをつくるんじゃないか”といわれているし、僕もそう思います。

沓掛:生まれてくるとき、赤ちゃんは聴覚や触覚に比べて視覚が発達していないと聞いたことがあるんですが。

先生聴覚はおなかの中にいるときから発達してるといわれてるけど、まったく大人と同じではないと思う。触覚は割と早いとは思いますよ。おなかの中で自分を触って学習できるから。最近の4Dエコーだとおなかの中でおしゃぶりしてるのが見られたりするよね。おしゃぶりって自分のボディーがどうなってるか分からないとできないじゃないですか。手を口に持ってくる、その前に口を開けて準備をするっていう。それに比べて視覚情報は外とは決定的に違うよね。光の量も違うしどこ見ていいか分からないし。そういう意味では視覚はトレーニングできないまま生まれてくる、ということにはなるね。

沓掛:なるほど~、興味深いです。

石田:話は変わりますが、前からお聞きしたかったことがあって。先生の研究室では「赤ちゃんは正義の味方を好む」という実験をされていますよね?

先生:はい。いじめっこ、いじめられっこ、そのいじめを止める正義の味方、そのいじめを止めない傍観者といったキャラクターが登場するアニメーションを作って、正義の味方と傍観者に対する赤ちゃんの反応を調べました。すると、多くの赤ちゃんは正義の味方を好むということが分かりました。

こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より
こどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)より

石田:実験されてみて赤ちゃんのモラルを感じましたか?

先生:赤ちゃんが「悪いやつをやっつけたい」って顔をしてるかというと、それはないですよ(笑)。「どっちが好き? どっちが悪者?」って聞けるなら実験なんてやる必要がなくて、聞けないから面白いんだよね。だから脳の活動を計測したり、何を長く見ているかを調べたりする僕らの実験の意味がある。だけど、こういう実験は割と誰が実施しても似た結果が出ます。なぜなのか説明は難しいけど、遺伝的にそういう部分が組み込まれている可能性はある。
世界中どこへ行っても「人助け」はあるし、ケンカばかりしている文化はないと思うんです。もちろん自分のグループと他のグループで敵対している構図はよくあるんだけど。同じグループ内でケンカばかりしてる民族がいたら、その文化は崩壊してますよね。

石田:確かに。奥が深いですね~。

生まれたときにはすでに正義を愛しているかもしれない、不思議だらけの赤ちゃん。では研究の学び、まとめです。

●新生児の頭を大人に置き換えると、長さ45センチ、重さ約21キロ! とてつもなく重いことを意識して、日々の安全面もサポートしてあげたい。

●人間は他の動物よりかなりの早産。さまざまな感覚をトレーニングしながら外の世界で“人間らしさ”を培っていく。

●ただお世話をするのではなく、赤ちゃん期間は“人間らしさ”を育むための大切な期間だと考えたい。

“人間らしさ”を育むためには、たくさん話しかけたり、いろんなものを見せてあげるのはもちろんだけど、きっと、周りの人間たちが仲良く楽しそうで、自分が愛されていて「どうやらこの世はいいところっぽいぞ」と感じてもらうのが一番なんじゃないかな? と思いました。

※1 個人差があり、1日に1~2回の赤ちゃんもいます。
※2 出典:メディックメディア『 レビューブック小児科』 産総研 日本人頭部寸法データベース2001 「体重の約30%」については頭の重量に関するデータがないためあくまで一般論です。
※3 選好注視法 複数の選択肢を与え、どれを一番長く見るかを計測する方法。
※4 出典:『赤ちゃんの不思議』(開一夫 著/岩波新書)

こどもの視点ラボ

こどもの視点ラボは、こどもの当事者視点とはどんなものかを真面目かつ楽しく研究しているラボ。「大人がこどもになってみる」ことでこどもへの理解を深め、親と子、社会とこどもの関係をよりよくしていくことを目指して活動している。
ホームページ:https://kodomonoshiten.com

こどもになって世界を見たら?

こどもになって世界を見たら?』(こどもの視点ラボ 著/トゥーヴァージンズ)

こどもの気持ちがわかる“12の研究”を収録!
「赤ちゃんの頭はどれほど重い?」「こどもの時間はなぜ長い?」「泣くしか伝える方法がないって、赤ちゃんはどんな気持ち?」
本書では、発達心理学や時間学など、さまざまな分野の有識者の見解を交えながら体験&開発した、こどもに関する12点の研究をまとめて収録。
著者は「大人がこどもになってみる」をコンセプトに、こどもの研究を発表して話題を呼んでいる「こどもの視点ラボ」です。
目からウロコの子育て新常識をはじめ、クスッと笑えたり、育児の悩みが和らいだり。読めば読むほど、こどもの気持ちがわかる、こどもにやさしくなれる一冊です。