子どもは「親を喜ばせたい」のに…“親のイライラ“の原因は親自身にあった
子どもは親を喜ばせるのが大好き。なのに、そんな子どもの言動や態度に、ついイライラしてしまうのはなぜでしょうか?
石田勝紀先生の著書から、イライラの本当の正体について抜粋してご紹介します。
※本稿は、石田勝紀著『10年後、どんな親子関係でいたいですか?子どもを育てる7つの原則』(大和書房)から一部抜粋・編集したものです。
子どもは親を喜ばせたいと思っている
「子どもは親を喜ばせたいと思っている」というフレーズを聞くと、「え?」と思うかもしれませんね。喜ばせるどころかイライラさせると言う人もいるかもしれません。しかし、本当に子どもは親を喜ばせたいと思っているのです。親のイライラやしかめっ面を見たいとは全く思っていません。
では、なぜそう思っているとは思えないのでしょうか。それは、子どもが親の期待値を超えられないからです。
子どもが小学校に行くようになると、勉強が本格的に始まります。すると点数や成績による評価が始まります。親としてはやはり気になります。もちろん気にすることは悪いことではありません。問題は、子どもへの「期待値の高さ」です。
子どもに学校のテストで最低でも80点は取ってほしい、などと思っていませんか? テストで間違えたところは見直し、やり直しをしてほしいと思っていませんか? そして、期待した通りにならないと、怒ったり嘆いたりしていないでしょうか。
勉強に限らず、「子どもが親の思い通りにならない」が根底にある相談は今でも後を絶ちません。
そもそも、子どもが親の思い通りになるという発想自体がボタンの掛け違いの原因なのですが、そのような気持ちになってしまう親の心もわからなくもありません。
我が子を伸ばしたい、世間に出たときに一人前になるように育てたいという気持ちは親心としては当然かもしれませんが、あることが原因でトラブルに発展することがあります。
それは、行きすぎた「期待」です。
ここでもポイントは「子どもを変えるのではなく、親が変わる」ということになるのですが、「どのように変わる必要があるのか?」が焦点になります。それは次の一言で表せます。
子どもへの期待値を究極まで下げる。
これを行うと子どもは自主的に行動するようになると思います。
元々、子どもは親を喜ばせることが好きなので、親の期待を超えて喜ばせようとするものです。しかし、一方の親は「子どもが期待に応えてくれているとは思えない」と感じることが少なくありません。そのため親は「指示・命令・脅迫・説得」という手段を使って子どもをコントロールすることがあるのです。
これらの手段は、子どもにとっては苦痛以外の何物でもないため、親の言葉をスルーする技術を会得したり、反抗、反発、悪態、癇癪という手段に出ることで親に対抗することもあります。すると、親はそれを封じ込めようとしてますます強く厳しい言い方をしたり、怒鳴ったりすることになります。場合によっては体罰や虐待に至るケースもあります。
これは明らかに悪循環で、負のスパイラルが高速化している状態です。その行き着く先は「相互不信」です。つまり、親は子どもを信頼できないし、子どもも親を信頼できないという状態です。
なぜこのようなことになってしまったのでしょうか? 問題の出発点は何だったのでしょうか?
それは「親の期待値が高すぎた」ことだと私は考えています。
もう一度、大切なので言いますが、「子どもは親を喜ばせたい」と思っています。しかし、親の期待が高いと、子どもはその期待にいつまでも応えられません。
例えば、テストでいつも60点を取っている子がいたとします。親の期待値は80点とします。その親は、子どもが頑張って70点を取ってきたとき、満足しません。80点に届いていないからです。おそらく次のようなことを子どもに言うと思います。
「よく頑張ったね。でももっと頑張れば80点は取れるんじゃないの」
子どもは喜んでもらおうと思ったのに、親は不満状態。その後、もっと頑張って80点取ろうとする健気な子もいますが、大抵はやる気を失っていきます。
「〇〇までよく頑張ったね。でももっと頑張れば△△まで行けるよ」という構文は一見、子どもを励ましているかのように思えますが、子どもは励ましとは受け取っていません。
「△△になるまで認めないからね」という条件付きメッセージと受け取ってしまいます。そして、親を喜ばせることができなかったとがっかりしてしまいます。
ですから、親は「子どもへの期待をしない」のがよいのですが、「期待をしない」という言葉は誤解を招きやすいため、「期待値を究極まで下げる」 という言葉を私は使っています。
では、「期待値を究極まで下げる」状態とは、どのようなことをいうのでしょうか。それを私は次のような状態と考えています。
子どもが元気で生きているだけで有り難く、「感謝と満足」の気持ちを持って子どもに接する状態。
つまり、今生きているだけでラッキーという状態です。例えば、不測の事態が起こり、子どもとしばらく離れ離れになったとします。その後ようやく会えたときは、「生きていてよかった‼」と言って涙を流しながら抱き合うと思います。そのときに、「宿題はやったの?」とか「もっと勉強頑張らないとね!」とは決して言わないはずです。これが、期待値を究極まで下げた状態です。子どものことを諦めたとか、どうなっても構わないというネガティブな状態ではありません。
親の子どもへの期待値が下がると、子どもは親の期待を超えるよう次々と行動を起こします。先ほどの例で言えば、いつも60点を取っている子にそもそも期待をしていないと、70点を取ってきたときに「え! すごいじゃない! 70点も取れたの!」と言うと思います(この後に「もっと頑張れば80点だね」とは言いません)。
このように言われた子はどうでしょうか。親を喜ばせることができて嬉しい、もっと喜ばせたいと思うはずです。
これが「子どもが自ら動く仕組み」です。
孫ができると、祖父母は孫に健康で元気でいてくれるだけで嬉しいと思うようになります。すると期待値が下がっているので、ちょっとした孫の言動にも、祖父母は驚き、喜びます。孫はそれが嬉しくて、さらに祖父母を喜ばせようとしていきます。
しかし親だと、子どもに「あれもやらせないと、これもやらせないと」と思うことで指示や命令、時には脅迫構文も出てくるわけです。それらが頻繁に出ていると、子どもはいつまでも親の期待に応えることはできません。
以上、親の期待値がもたらす子どもへの影響についてお話ししてきました。期待値を「子どもが元気で生きているだけで有り難い」状態まで下げ、それ以外の出来事は、すべてラッキーであると捉えると、結果として子どもが自ら動くという一見矛盾した現象が起こります。子どもは親を喜ばすことができるので、もっと喜ばせたいと思うようになっていきます。
なかなか信じられないかもしれませんが、一度実行してみてください。子どもの変化に驚くと思います。
『10年後、どんな親子関係でいたいですか?子どもを育てる7つの原則』(石田勝紀 著/大和書房)
子育てには正解は存在しません。その子に合ったアプローチがあるだけです。
子どもが反発してくる、勉強しない。ゲームばかり…と行動面でやきもきしたり、友達と遊ばなくて心配、頑固で相手するのが疲れる、すぐプンプンする…と性格面を気にしたり。
そんなふうに心配事はバラバラで、子どもも親も性格は多様なので、万人に当てはまるノウハウは存在しません。 ただし、子どもを育てるには原則があります。その原則さえ押さえれば、わが子に合ったアプローチを親が自分で編み出すことができます。