人生を作るのは「勉強」ではなく「体験」? 専門家が語る子どもに本当に必要なこと

汐見稔幸,今井悠介

子どもにとって本当に大切なのは、勉強の時間でしょうか? それとも、心が動く“体験”でしょうか?

現代は「勉強信仰が強い」と語るのは、幼児教育の第一人者・汐見稔幸先生。著書『子どもの生きる力をのばす5つの体験』(辰巳出版)でもその重要性を伝えているように、今、子どもたちに必要なのは“生きる力”を育むリアルな体験かもしれません。

子どもの体験格差に向き合う『体験格差』(講談社)の著者・今井悠介先生との対談を、全2回の記事でお届けします。

※本記事は前編です。

人は体験によって「自分」をつくっていく

今井悠介先生(以下 今井):「体験」という言葉が何を指すのかは難しいですよね。

私の本では、体験活動の調査レポートを中心にまとめたこともあって、習い事や旅行、お祭りやスポーツ観戦などのアクティビティのことを「体験」と定めました。ですが、ほかにも様々な生活体験がありますし、虐待やいじめも「逆境的体験」と言われます。

「子どもの育ちに大切な体験」というところで考えると、何か条件や要素があるでしょうか?


汐見稔幸先生(以下 汐見):良いか悪いか、というふうには考えません。

予測できないことや正解がないことにじょうずに対応できる力。それに結びつく体験が本当の「体験」だと思っています。強いて言えば、「非認知能力が育つ体験」でしょうか。


今井:私は子どもの体験格差解消を目指した取り組みを実施していますが、私自身が過去に、体験の重要性を実感した出来事がありました。

学生時代、ボランティア活動で子どもの体験活動の支援に携わっていたんです。子どもたちと自然の中で一緒に過ごしたり、ワークキャンプといって、高校生を電気も水道もないマレーシアに連れて行って一緒に植林をしたり。そこで彼らは、切った木が日本で使われていることを知ったりする。国際問題や環境問題を知識としては知っていたけれど、実際にその村でそこの人たちと生活する中で学ぶこととは全く違っていました。子どもたちの、感情が伴う学びの姿を目の当たりにして、学校教育と学校以外のフィールドでの体験による学びの違いを思い知らされたわけです。


汐見:僕も学生時代にきっかけがあります。教育学部に在籍しながら、大学で学ぶ教育学が「学校教育学」であることに違和感を持っていたんです。

「今の自分をつくってきたのは誰? いちばん影響を受けたものは何?」そんなことを考えたとき、学校の授業はあまり思い浮かびません。

僕の場合は、まず「鉄腕アトム」ですね。手塚治虫が大好きでマンガからかなりの影響を受けました。あとは近所のかっこいいお兄さんや職人さんとの出会い。実際の生活体験の中で考えたり、感動したことや感激したことが憧れになったり、そうやって形成されている部分のほうがずっと大きいと思いました。そういう意味で、自分が体験して得たものがベースになって、私が私を作ってきたという感覚があったんです。学校が私を作ったわけではない。そんなことを考えていました。

大人がやってほしい「勉強」は子どもが本当にやりたいことか

今井:学校以外の場に、学びや育ちのきっかけが存在しているということ、強く共感します。私自身がそういう考えのもと活動していると、いろいろなジレンマが起こってくるんです。

たとえば、子どもたちが様々な体験活動に使える「スタディクーポン」という受講料補助の取り組みがあるのですが、寄付者の中には、「私の寄付は勉強に使ってほしい」という人もいます。社会全体の価値観として、こうした考え方がまだ根強い部分があるのかな、と感じることがあります。


汐見:まだまだ勉強信仰がありますよね。

今井:「タイパ」「コスパ」みたいなことがよく言われる時代ですからね。「いい大学に行くための直線ルートは?」みたいな発想になるとやはり勉強が優先になってしまいがちですよね。でも、それは子どもが本当に望んでいることなのか、考えないと。

先生の著書の中でも、子どもが本当にやりたいこと、興味をもっていることに取り組むことが大事だとありましたね。その観点を持たないまま、ただ体験格差に危機感を持って「とにかくいろいろな体験が大事なんだ」「とりあえず習い事をやらせてみよう」というふうになってしまうのは、本末転倒ですよね。


汐見:これからAI社会になるから、現代の子どもたちにとって体験はますます大事。

人間が考えながらやることを、コンピューターにやらせるようになりますよね。たとえば、今の子どもたちが大人になった頃には、料理を作るロボットができていて、料理をしなくてもごはんが食べられるようになる。そういう世界にすることは可能だと思うんです。

そうすると、食事作りは楽になるけれど、人間が誰も食事を作れなくなる。はたしてそれは人間の幸せにつながるのか。それを考えなければいけないと思うんですよね。


今井:そうですね。


汐見:人間がこれまで大事にしてきたことや生きがいみたいな根っこにあるものって、いつの時代もそんなに変わらないものだと思っています。苦い野菜も料理の仕方次第で美味しくなることに驚きを感じたり、それを工夫してうまくできるようになると喜びを感じたりするとか。それって人間にとって価値があることで、生きがいなんです。

ピアノをじょうずに弾くことも、サッカーの技ができるようになることも、それは自分が努力したからこそ嬉しさを感じることができるし、自分の体に身についていく実感が喜びに変わっていくものです。そんなふうにして、小さい頃から自分で手間暇かけて好きなことを見つけたり伸ばしたりしないといけない。つまり、めんどくさいことをやらないといけないんです。子どもは「やりたい」「じょうずになりたい」と思って取り組むことを、めんどくさいとは思いません。そうやって人間としての生きがいを知っておく必要があるわけです。

小さい時に「おもしろい」「やりたい」と思うことを手間暇かけて試行錯誤する。そういう体験がなければ、大人になってからめんどくさいことはやれないんです。体験から学べることを学びとる力も育っていないし、そういうことが大事だと思う心がそもそも身につかないからです。

幼児期の育ち方がその子どもの幸せを左右するとよく言われるのは、そういうことです。その育ちは豊かな体験をして、体験を通じて身につけていく。これしかないし、これ以上に大事なことはないんです。

(取材・文:辰巳出版)


汐見稔幸
2018年3月まで白梅学園大学・同短期大学学長を務める。東京大学名誉教授、日本保育学会会長、全国保育士養成協議会会長、白梅学園大学名誉学長、社会保障審議会児童部会保育専門委員会委員長、一般社団法人家族・保育デザイン研究所代表理事。

今井悠介
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事。1986年生まれ。兵庫県出身。小学生のときに阪神・淡路大震災を経験。学生時代、NPO法人ブレーンヒューマニティーで不登校の子どもの支援や体験活動に携わる。公文教育研究会を経て、東日本大震災を契機に2011年チャンス・フォー・チルドレン設立。6000人以上の生活困窮家庭の子どもの学びを支援。2021年より体験格差解消を目指し「子どもの体験奨学金事業」を立ち上げ、全国展開。 

 

子どもの生きる力をのばす5つの体験 答えのない子育てで本当に大事なこと(汐見稔幸 著/辰巳出版)

子どもを育てるときに、本当に大事なこと─それは豊かな経験をたくさんさせてあげることです。なぜなら、子どもの将来の育ちに影響が出てくる非認知能力は「体験」をすることによって育つからです。子どもが情報だらけの社会の中で上手に考え、判断できる人間に育てるにはどうすればいいのか。「体験」の豊かさがどんな影響を及ぼすのか。誰も教えてくれない、けれど、親が知っておくべき「子育てで本当に大事なこと」をまとめた一冊です。

体験格差』(今井悠介著/講談社)
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