「子どもの性被害は稀」は誤解 若年層の“4人に1人が被害“の現実とは

今西洋介

子どもの性被害はめずらしいと思われがちですが、現実は、多くの人が思っている以上に深刻です。16〜24歳の若年層を対象とした内閣府の調査では、「4人に1人が性被害経験あり」という衝撃的な結果が出ています。

なぜこれほど深刻な問題が「あるはずがない」と思われてきたのか。長年「見えない問題」とされてきた背景と、子どもを守るために大人が知っておくべき実態について、小児科医 今西洋介先生の著書よりご紹介します。


※本書は、今西洋介著『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)より一部抜粋、編集したものです。

「あるはずがない」という誤解

小児性被害をこの世からなくしたい─。私はいたるところでそんな話をしているのですが、そうするとこんなリアクションがよくあります。

「えっ、小児性被害なんて本当にあるの?」
「性被害に遭う子なんて、めずらしいんでしょ?」

もうこのフレーズを何度聞いたかわからないほどです。驚くことに、私と同じ小児科医の口から聞いたこともあります。彼らがこれまで診みてきた子どもたちのなかにきっと、いえ間違いなく、性被害を受けたことのある子どもはいたでしょうし、これから診察することもあると、私は断言できます。

小児性被害は長らく表に出てこなかった問題で、よほど意識しないかぎり「見えない」ものです。近年になってようやく、子どもへの性暴力事件についての報道を見きする機会が増えたと感じます。胸が痛むニュースが連日つづくこともあります。けれど、それは氷山の一角、いえ、正確にはその一角のごく一部だと思ってよいかもしれません。小児性暴力とは、特別な場所で、特別な子どもに降りかかることではなく、私たちのすぐ身近で、日常的に起きていることです。

子育て中の人、特にお母さんたちの小児性被害に対する関心は高まっていると感じます。私はPTAなどから招かれて学校で小児性被害についての講演を行ってきましたが、講演を聞いての感想として、「知らないことばかりだった」「これまで誤解していることが多かった」などの声が寄せられました。それなりに関心をもっているお母さんたちでも、実態は予想を上回っていたということです。

小児性被害は知られていない、または「あるはずがない」と思われている─。それはもしかすると、子どもとは守られるべき存在であり、あらゆる暴力の対象であっていいはずがないという考えにもとづいたものかもしれません。そんなことをする大人は「酷ひどすぎる」「信じられない」と誰もが思いたいものです。言うまでもなく、子どもは守られなくてはなりません。それは、大人によってです。しかし悲しいかな、現に性暴力の被害に遭う子どもたちが今日もこの国のどこかに必ずます。これからお話ししていくことになりますが、幼いほどそれを性暴力だと認識できないため、何度もくり返し被害に遭う可能性まであるのです。

多くの大人が、少なくともわが子のことは守りたいと思っているはずです。ですが、守るといっても、何をどうしていいかも、どこから手をつけていいかも、わからないのではないでしょうか。自分たちだって誰からも教わったことがないので、それはある意味、当然のことです。かといって、子どもを四六時中そばに置いておくわけにはいきません。成長するにつれ、子どもの行動範囲は広がり、自分の足で親の目が届かないところにも出かけていくようになります。

小児性被害予防の第一歩─それは、私たち大人が、小児性被害は「ある」ものだとしっかり認識することにあります。その前提のもと、性暴力と被害の実態、そして加害者の実態を知らなければ、子どもを守れません。

若者の4人に1人が経験あり

小児性暴力の実態を知るための調査研究は、国内外で行われています。まずは世界24カ国にカ国にわたる55の研究を、システマティックレビューという手法を用いて分析した結果から紹介します。

この研究では、18歳までのあいだに女子の8〜31%と、男子の3〜17%が、何らかの性被害を経験していると判明しました(※1)。同時に、100人中9人の少女と、3人の少年が不同意性交、いわゆるレイプの被害者となっていることも示されました。これは、多くの人が考えている以上に、小児性暴力は一般的なものであり、被害者数も多いことの裏づけになると思います。

次に、内閣府男女共同参画局が若年層を対象に行った調査について、「令和3年度 若年層の性暴力被害の実態に関するオンラインアンケート及びヒアリング結果」を見てみましょう。ここでいう若年層とは16〜24歳の男女および性的マイノリティです。また、性暴力を次の5つに分類しています。

・言葉による性暴力
・視覚による性暴力
・身体接触を伴う性暴力
・性交を伴う性暴力
・情報ツールを用いた性暴力

性暴力というと、レイプや、痴漢を含む強制的なわいせつ行為といったものを思い浮かべる人が多いと思います。しかし、それだけにとどまりません。「同意のない性的な行為」すべてが性暴力であり、身体的な接触がなくとも、性的な言動をされる/させられることは、子どもの未熟な心身に大きなダメージを与えます。卑猥なことを言われる、AVや性行為を見せられるなども性暴力です。

また、近年はデジタル性暴力といわれる、スマートフォンやゲーム機などのデジタル端末を使用し、インターネットをとおして行われる性暴力が急増しています。子どもや若者が特に狙われやすいことからも、迅速かつ適切な対策が求められていますが、これについてもLESSON 4 で詳しく解説します。ここではまず、性暴力は多岐にわたり、レイプや強制わいせつだけを想定していると見落としてしまう被害がたくさんあることを覚えておいてください。

さて、同調査の結果、回答者6224人のうち、被害に遭遇したことがあると答えたのは1644人でした。これは全体の26.4%、つまり若年層の4人に1人は性被害経験があることになります。右記の分類による遭遇率を表したのが図1–1です。

「被害経験がある」と回答した人にしぼって、さらに掘り下げて調べた結果も公開されています。それによると、「最も深刻な/深刻だった性暴力被害に最初にあった年齢」は、

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16〜18歳が32.7%と最も多く、次いで13〜15歳の24.0%でした(図1–2)。

18歳未満も未成年ですし子どもといってもいい年齢ですが、ここでは0〜15歳に特に注目したいと思います。その年代で被害に遭った人は、全体の42.2%でした。0〜6歳の未就学児も全体の2.5%います。みなさんはこの数字をどう受け止めるでしょうか。

「ないこと」にされてきた理由

「そんな幼い子を性的対象にするのは信じがたい」と感じられるのも無理はありません。しかし、被害は現実に起きています。

2024年1月には、20代の男が乳児院で2歳にもならない女児に性加害し、行為を自身のスマホで撮影していたことが明らかになり、逮捕されました。報道によると、男はスマホなどに20人以上の女児の動画を保管していたようです(※2)。その20人への性加害の程度はわかりませんが、相手の同意なく体の性的な部位や下着などを撮影する行為も、性暴力です。男には乳児院のほか保育施設にも勤務経験があったということですから、未就学児ばかりを狙っていたと推測できます。

先ほど挙げた、0〜6歳のときの被害が全体の2.5%という数字を鵜吞みにはできません。子どもは年齢が低ければ低いほど、性被害に遭っても、それが何であるか、どんな意味をもつものかを理解できず、「性被害である」とは認識できないものです。親や周囲の大人に、何をどう訴えればいいのかもわかりません。それを踏まえると、被害を受けたことのある未就学児の割合は、いま挙げた数字よりはるかに多いと考えるのが妥当です。

図1–1、1–2の数字はいずれも、自分で「認識」できている被害経験についてのものです。水面下には、被害を認識できていない子どもや、認識できないまま大人になった人がたくさんいます。みなさんがより知りたいのは、「全国でどのくらいの数の子どもが実際に被害に遭っているのか、または遭ってきたのか」でしょう。しかし、それをあきらかにするのは、むずかしいのです。

性暴力の統計には、暗数がつきものです。暗数とは、統計にあらわれる数と実際の数とのあいだにある“差“のことで、犯罪に関する統計では、警察ほか関係省庁が認知している犯罪件数と、現実に社会で起きている件数とのあいだには必ず差が生じます。なかでも性暴力は特に差が大きいといわれています。いまお話ししたとおり、被害を認識できない、あるいは被害に遭ったことを恥じるなどして警察はおろか家族や学校の教員、知人・友人など誰にも言えないと思うのが、性暴力による被害の特徴です。対象となる年齢が下がるほど暗数が大きくなることは、想像にかたくないでしょう。

警察庁による「令和3年における少年非行、児童虐待及び子供の性被害の状況」という調査報告があり、警察が検挙した、子どもへの性的虐待の件数の推移を見ることができます(図1–3)。2017年では169件だったのが、2021年には339件となり、右肩上がりではあるものの、いずれも年間3桁にとどまっています。この数字を覚えておいてください。

※1:Barth J. Int J Public Health 2013;58(3):469-483.
※2:埼玉新聞ウェブ版2024年1月17日配信「性的暴行…乳児施設で2歳以下の女児に 元職員の男を再逮捕、スマホで撮影していた 写真をSNSに投稿し発覚 ほかの施設にも勤務、女児20人以上の動画発見 『意味は理解したが黙秘します』と語る25歳」https://www.saitama-np.co.jp/articles/63109

 

小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害

今西洋介著『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)

1日に1000人以上の子どもが性被害に遭っている――。(厚生労働省調査 令和2年度、推定)
小児科医「ふらいと先生」がエビデンスベースで伝える、まだ知られていない小児性被害の「本当」と、すべての大人が子どもを守る方法。

旧ジャニーズ性加害問題などによって、世間の関心をますます集める子どもへの性暴力。
実際、性被害に遭う子どもは多いの? 少ないの? うちの子は大丈夫?
被害を受けた子は何か「サイン」を出すの? 心と体にどんな「傷」を負う?
結局、子どもを守ったり助けたりするには、どうすればいいの?
医療・育児インフルエンサー「ふらいと先生」として知られる小児科医がエビデンスにもとづき、誤解も多い小児性被害の実態や、パパ・ママから先生まで大人のみんなができる「予防法」を、やさしく伝えます。

大人が小児性被害の「真実」を知れば、大切な子どもを守れる!