トイレの前で父親を装う男の正体 小児科医が明かす性加害者の手口

今西洋介
2025.09.22 10:25 2025.09.29 11:50

不審者

フードコート近くのトイレ前で、子ども用リュックと水筒を持って座る男性。誰もが「子どもの帰りを待つ父親」だと思うでしょう。しかし実際は、小道具で”父親に擬態”しながら、子どもを襲うチャンスを狙っていたのです。

見た目では判断できない加害者たちは、どんな手口で子どもに接近するのか。熊本3歳女児殺害事件など実際の事例から、「場所」に注目した防犯対策を、小児科医 今西洋介先生の著書よりご紹介します。

※本書は、今西洋介著『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)より一部抜粋、編集したものです。

トイレの前で父親のふりをする男

3歳の女の子の後ろ姿

どんな性的嗜好であれ、それは見た目にはあらわれません。また、たとえペドフィリアと診断された人の脳に何かしらの問題や人との違いがあっても、それも外見からは判別できません。そういった意味でも、子どもを性被害から守ろうとするとき、いかにもあやしく見える人に気をつけるばかりでは、対策にはならないことがわかります。加害者も、特徴的な外見は親にも子どもにも警戒されるだけだと自覚しているのです。

気にすべきは見た目でなく、「加害者はどんな行動をするか」です。アメリカの児童保護サービス機関が把握した、児童虐待とネグレクトに関する全国データについての報告によると、小児性被害のうち81%が、子どもと加害者が1対1になったときに起きていました。加害を目論んでいるのであれば、そのシチュエーションを自分でつくる必要があります。そこで加害者は、子どもに近づいてもあやしまれにくい状況を利用します。それどころか、子どもに好かれ、子どものほうから近づいてくる状況をつくることもあるくらいです。これは加害者にある程度、共通して見られる行動のひとつです。子どもを小児性暴力から守るためには、こうした行動パターンを知り、そのアプローチを阻む必要があります。

家庭内の性的虐待では、加害者の最も身近に子どもがいます。一方で家庭外の性加害の場合、加害者がその歪んだ欲望を行動に移すには、まず子どもに接触するところからはじめなくてはなりません。そのチャンスが多いか少ないかは人によりますが、なくてもつくり出せるのがおそろしいところです。

たとえば、こんな事例が報告されています。フードコート近くのトイレ前で、子ども用のリュックや水筒を持って座っている男。誰もが「子どもがトイレから出てくるのを待っている父親だ」と思うでしょう。しかし男は、そうした小道具で“父親に擬態“しながら、子どもを襲うチャンスを待っていた─。現場の警備員が、1時間もずっとトイレの前に座っている男を不審に思って声をかけ、このときは事なきをえましたが、男がそれまでにこの方法で性加害をしなかったとはかぎりません。

近年は育児に積極的な男性が増え、こんなお父さんの姿はめずらしくありません。それ自体はよろこばしいことなのに、子どもの面倒をみる父親を装って性加害をしようとするのは、実に卑劣です。性加害者は子どもがひとりきりになるチャンスを常にうかがっていることが、よくわかる事例でもあります。

公衆トイレ

子連れの外出では、ひとりで用を足せる年頃であれば「行っておいで」と子どもだけでトイレに行かせることもあると思います。プールの更衣室なども同様です。「短時間のことだし、親がすぐ近くにいるのはあきらかだし、大勢の人の目があるから大丈夫」と思いがちですが、その裏をかく事件は起きています。有名なものは、2011年に発生した、熊本3歳女児殺害事件があります。

両親と5歳の兄とスーパーに買い物に来ていた女の子がトイレに行きたがり、手を離せなかった父親はひとりで行かせることにしました。そのあとを男がついていき、女児を障害者用トイレに連れ込み、性加害をし、殺害した─この間、たった15分。男は、その小さな遺体をリュックサックに入れてスーパーをあとにし、排水口に遺棄したという、非常に残忍な事件です。

『子どもは「この場所」で襲われる』(小学館新書、2015年)などの著書がある社会学者・犯罪学者の小宮信夫さんは、この事件を「物理的に“見えにくい“場所で起きたもの」と指摘しています。そのトイレは構造的に、従業員やほかの買い物客からの死角になっていました。男は、犯行の4時間前から現場をうろつき、ひとりになる子どもがいないか探していたそうです。そして、その見えにくい状況を利用したというわけです。小宮さんは、「不審者・犯罪者といった“人“ではなく、犯罪が起きる“場所“に注目することが防犯につながる」という「犯罪機会論」を提唱されています。この場合、男が子どもに近づく“チャンス“をトイレがつくってしまったことになります。アメリカでも、場所に注目した研究があります。警察の犯罪抑制プログラムの有効性を検証した65件の研究があり、そ
れらを統合的に分析した結果、犯罪が集中している狭い地域が存在するとわかりました。そして、それらの地域に焦点を当てた“ホットスポット警察“が犯罪防止戦略として有効だと証明されました。

加害者にとってのチャンスを一つひとつ潰していくことで、子どもの安全性は確実に高まります。それと同時に、子どもを狙う性加害者たちの特性も知っておいたほうがいいと私は考えます。彼らは事前に入念な下調べと準備をし、子どもを襲うチャンスが訪れるのをひたすら待ちます。親にとっては「ちょっとのあいだ」でも、彼らにとっては何度も頭のなかでシミュレーションした計画を実行に移す千載一遇のチャンスが、やっとめぐってきたことになります。

ここまで読んでくれたみなさんなら、「子どもを好きな変態が、性欲を抑えきれなくなり突発的に子どもを襲う」というイメージは薄まっているのではないでしょうか。加害者は用意周到で、非常に狡猾で、そしてとても粘り強いのです。

今西洋介

新生児科医・小児科医、医学博士(公衆衛生学)、小児医療ジャーナリスト、一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。1981年、石川県金沢市生まれ。国内複数のNICUで診療を行う傍ら、子どもの疫学に関する研究を行っている。また、「ふらいと先生」の名でSNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として提起。エビデンスにもとづく育児のニュースレターを配信している。3姉妹の父親。趣味はNBA観戦。現在は米ロサンゼルス在住。

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小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害

今西洋介著『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)

1日に1000人以上の子どもが性被害に遭っている――。(厚生労働省調査 令和2年度、推定)
小児科医「ふらいと先生」がエビデンスベースで伝える、まだ知られていない小児性被害の「本当」と、すべての大人が子どもを守る方法。

旧ジャニーズ性加害問題などによって、世間の関心をますます集める子どもへの性暴力。
実際、性被害に遭う子どもは多いの? 少ないの? うちの子は大丈夫?
被害を受けた子は何か「サイン」を出すの? 心と体にどんな「傷」を負う?
結局、子どもを守ったり助けたりするには、どうすればいいの?
医療・育児インフルエンサー「ふらいと先生」として知られる小児科医がエビデンスにもとづき、誤解も多い小児性被害の実態や、パパ・ママから先生まで大人のみんなができる「予防法」を、やさしく伝えます。

大人が小児性被害の「真実」を知れば、大切な子どもを守れる!