「おまえのアサガオ、ショッボ!」から先生困惑のバトルへ… カオスな“小1の日常“を目撃した母の本音
娘さんの送り迎えや医療用酸素の交換のため、一日3回小学校に足をはこぶ作家の黒田季菜子さん。そんな日常の中で、思いがけず1年生たちの「定点観察」をすることに。
ある日目撃したのは、朝顔の支柱立ての授業中に勃発した「アサガオ自慢合戦」からの大喧嘩でした。
2人の少年の仔犬のようなやりとりを、黒田さんのエッセイよりご紹介します。
※本書は黒田季菜子著『今は子育て三時間目』(KADOKAWA)より一部抜粋、編集したものです。
仔犬ファイトクラブ
「仔犬のように喧嘩をする」
とはいえ、仔犬は別に
「おまえなんやねん」
「おまえこそなんやねん」
などと言う十三(大阪市淀川区にある駅名)の酔っ払い的喧嘩をしているのではなくて、母犬に養育されている月齢の仔犬は狩りの練習、そして本来群れで暮らす生き物としての社会性を、兄弟犬とじゃれ合って、喧嘩をしながら身に着けているのです。
昔々、ムツゴロウさんがテレビで言うていましてん。
仔犬の喧嘩の本来的意味についてはさておき。仔犬がじゃれ合って、取っ組み合いをした挙句ころりと転がる様はなにしろかいらしいもので、あれだけ流してくれるYouTubeチャンネルがあったら絶対登録すると思うのです。のどかで牧歌的で誰も傷つかない、仔犬の喧嘩専門チャンネル。
でもこれ、小学校なんかで発生したことだと、ちょっとのんびり笑ってもいられないのですよね、特に先生方は。
今やや訳あって毎日小学生の娘と登校して、帰って、昼ごろまた行って、帰って、5時間目の終わりごろまた子どもを迎えに行くというややこしい生活をしています。体調に少し心配なところのある子なので、朝はそれの見守り、昼はこの子が医療用酸素を帯同しているのでそれの取り換え。そしてお迎えは荷物持ち。お陰で小学生の定点観察が日課になりました。
それで改めて知ったのですが、子どもって本当に仔犬のように喧嘩をするのですね。
喧嘩の理由は些細なことばかり。
「アイツが俺のことアホって言うた」
「言うてへんわ」
「言うたやんけ」
「ハァー? 言うてへんしアホ!」
「言うとるやんけ」
で、ファイッ!
世界の大体がそうであるように、集団を個別にしてみた時、そこに際立った悪意や害悪というものはそれ程存在しないのです。大体は構造の問題だったりするのです。例えば、情には厚いが直情的になりやすいA君と、アタマの良い分言語能力が高いB君、そして騒ぎが起きるとおちょけてはやし立てる数名、それらが文部科学省の規定上限いっぱいに詰め込まれている教室。これが、あんまり良くない構造。
昨日、勃発していた喧嘩もなんだか大変でした。
5月に種を植えた朝顔が、いよいよ植木鉢一杯にもっさりと緑の葉を茂らせて、ツルが空に向かって伸びようとしていた初夏のこの日、せいかつの授業で、朝顔の植木鉢に支柱を立てましょうということになりました。
1年生という、ギズモみたいな生き物は『教室の外に出る』ということを異様に喜ぶものです、そして過剰に盛り上がり、前後不覚になり、結果、些細なことで喧嘩をするのです。
「見てみ、俺のアサガオ、めっちゃデカなってるで、うわ、おまえのショッボ!」
「は? 俺のもちゃんと伸びてるわ、おまえのは葉っぱがデカいだけで全然ツルが伸びてへんやんけ、ショッボ!」
この流れで、まず一発蹴り、お、はずした。そのお返しで蹴りもう一発。
背の高い子のキックは長さがあるので、小柄な相手はやや不利。そこで小柄な分動きの機敏な子が走って逃げると、背の高い方の子はその子の背中を追いかける。
35人分のアサガオの支柱を配布途中の先生は、33人の子どもらを置いて2人を追いかける訳にもいかず、そこにいる支援担当の先生に助けを求めます。
「スミマセン! ちょっとあの2人、お願いしていいですか?」
声を掛けられた方の先生は駆けだしますが、なんでかその背後に5〜6人の子ども達もわーっと同級生の喧嘩を止めに行こうと走り出す。
みんな笑顔、なんか面白そうだなって気持ち半分、先生が困ってるみたいやからお手伝いしたいって気持ち半分。その姿はほぼ仔犬、まさに仔犬ふれあい広場です。
仔犬たちの頭上には梅雨を忘れてしまいそうな6月の青空。
(かわいい…)
そんな呑気なことを思うのは、わたしが完全にこの騒ぎの枠外の第三者だからで、担任の先生は相当焦ったはずです。
2人はすみやかに捕獲されて、先生にガッチリ叱られていました。
「あなたたちはせいかつの時間に喧嘩をした挙句追いかけっこなんてしていいと思っているのですかッ!」
「…いいとおもっていません」
仮にどちらかがどちらかの顔をひっかいて傷のひとつでも作っていたら、先生は放課後自宅に電話を入れて保護者に理由を説明しなくてはなりません。その電話に出るお父さんやお母さんだって相当身に応えるはず。
先生は事実を報告し、こちらも気をつけますがお家でもよく言い聞かせてくださいと言うしかないし、保護者側も家でよく言い聞かせますと言うしかない。
わかるのです。うちの一番上の子がとにかく喧嘩と揉め事の多い子だったから。
その喧嘩の相手とうちの子がまた、別にのび太とジャイアンのような力関係でもない、むしろ幼児期から近所の幼馴染みという間柄で、喧嘩ばかりするから、互いに嫌い合っているのかと思えばそうでもなかった不思議。
子どもの喧嘩というのは、本物の仔犬同様、ある種の社会化訓練なのかも。
さて、大雨だった今朝、1メートル先が白く煙るような大雨の中を「雨、やだねー」「ねー」とか言いながらやや遅刻気味に校門をくぐると、昨日綺麗に支柱を立てた朝顔の鉢の近くに大きな水たまりができていました。
そこにスニーカーの足をちゃぷんと浸けている子どもがいる、昨日仔犬みたいに喧嘩をしていた二人です。
「なにしてんの、上がっておいで、濡れてるやん」
わたしが思わず声をかけると、「はまってしもたんや」「はまってんねん」と言って2人はずっと雨に打たれていました。傘こそさしてはいましたが、足元はスニーカーで、靴も靴下も完全に水没、あんたら今日一日、その靴下でどないして過ごす気。
『毎日同級生をなんでか送り迎えしているお母さん』であるわたしの心配をよそに、2人は水たまりをじゃぶじゃぶと大股で歩きまわって、ゲラゲラ笑っていました。
多分この子達は来年、いや2学期にはあんまり喧嘩をしなくなると思います。そして意外とずっと互いを「おれのツレ」と呼んで仲良くしてゆく気がするのです。
黒田季菜子著『今は子育て三時間目』(KADOKAWA)
子育てで忙しいときに感じる切なさとなつかしさとふくふくとしたうれしさ
2025年小川未明文学賞大賞受賞!
いま注目の作家による、3人の子どもたちとその周りで起こる楽しくて、切なくて、なつかしくて、うれしいあれこれ…。
ちょっと大変な疾患の子もいるけれど、ふつうの日常をみずみずしい筆致でつづります。