自閉症の「クレーン現象」で起きたハプニング ママが思わず悲鳴を上げた“あるもの”とは?【うちのアサトくん第2話】

黒史郎

自閉症の子によく見られるというクレーン現象。小説家・黒史郎さんの息子、アサトくんも、たびたびクレーン現象で自分の興味関心を伝えます。
そんなある日、アサトくんのクレーンで、両親が涙目になるハプニングが…。

黒史郎さん一家の日常を描いた、子育て実話ショートショート「うちのアサトくん」をお届けします。

※本稿は『PHPのびのび子育て』2019年7月号から一部抜粋・編集したものです。
※写真はイメージです。

妻がマフィアに入りました

クレーン現象

テーブルにあるジュースがほしいとき、アサトは自分の手では取らない。

「パパ、ジュースとって」とも言わない。

じゃあどうするのかっていうと、無言で僕の手をつかみ、そのつかんだ手をジュースの近くまで持っていって僕に取らせようとする。

これは「クレーン現象」という。親の手を使ってものを取ろうとする様子が、工事現場のクレーンのようなのでそう呼ばれるらしい。

アサトが自閉症だと診断されてから、この子のとる不思議な行動のいくつかに呼称があることを知ったのだが、これもそのひとつだ。といっても、「クレーン現象」は自閉症に限らず、まだ言葉を獲得できていない時期の幼児にも見られる行動らしいのだが。

とにかく、アサトはクレーンを使いまくる。

手の届かない場所にあるものだけじゃなく、すぐ目の前にあるものも、妻や僕の手を使って取りたがる。

だから、こんな悲劇も起こる。

GAの悲劇

「いぃぃぃやぁぁぁぁ!」

穏やかな陽気に包まれた公園に妻の悲鳴が響きわたる。

ベンチでうとうとしていた僕はビクンと跳ね起きた。

アサトに腕をつかまれた妻が、半泣きで僕に手を伸ばし、「パパ!」と救いを求めている。

「どうした!」と駆け寄ると、妻は僕の手をムンズとつかみ、ぐいっと下のほうへと引っ張る。

なにをしているのかと視線をおろす。

地面には、翅をおろして休憩中の蛾がいらっしゃる。

蛾と、つかまれた僕の手は、どんどん距離を縮めていく。

「うわあ! はなせっ、やめろおお!」

説明せねばなるまい。

わが家には「歌う絵本」がある。各ページにボタンがあり、それを押すと童謡が流れる仕組みになっていて、アサトは「ちょうちょう」が好きだ。

歌が流れる中、リズムをとるでもなく、ただジッと蝶のイラストを見つめている。どうも、蝶の形が気に入ったようなのだ。

そんな様子を見ていた妻は本物の蝶を見せてあげようと、近所の公園にアサトを連れていった。そこで、花壇のまわりを飛んでいるモンシロチョウを見せたのだ。

「ほら、あれだよ、ちょうちょさん」と指さししても、アサトは蝶をまったく見てくれないが、「ちょうちょ」の言葉に反応したのか、妻の手をガシッとつかむとクレーンを操縦し始めたという。

つながるクレーン

――さて。この世には蝶ととてもよく似た虫がいる。

そう。蛾だ。

が。ガ。GA。なんて嫌な響きだろう。

妻も僕も蛾が苦手だ。僕は飛んできた蛾から逃げようと飛びのいて、車にはねられかけたこともある。

そんな弱き僕らに神は、大きな試練を与えたもうた。

アサトにはまだ、蝶と蛾の区別がつかない。

だから、地面で休憩中の蛾を見た瞬間、アサトは妻の手を使って捕まえようとしたのだ。

当然さわりたくない妻は僕を呼び、アサトにつかまれた手で僕の手をつかむ。

つまり、アサトは妻をクレーンに、妻は僕をクレーンにしたわけだ。

「やめろっ、ママ! ほんとに恨むぞ!」
「恨むならアサトを恨みな!」

マフィアしか言わないようなセリフを吐いた妻は無表情だった。

取り乱す父親を見上げるアサトの目は、「はやくしろよ」と言っている。

「無理だよぉぉ……勘弁し……ぎゃああ」

その悲劇から1週間後。

アサトはカメムシに興味をもち始める……。