静かにしてほしいシーンでまさかの「サンサンたいそう」 3歳の暴走を止めた“ママの流石の対応“とは【うちのアサトくん第4話】

映画のエキストラに参加することになった、小説家・黒史郎さん一家。しかし、息子のアサトくんは、朝から機嫌よく「サンサンたいそう」を歌い踊り……。
静かなシーンで高らかに歌うアサトくんを沈黙させるために、ママが出た行動は?
アサトくんとの日常を描いた子育て実話ショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。
※本稿は『PHPのびのび子育て』2019年9月号から一部抜粋・編集したものです。
※写真はイメージです。
恐怖の「サンサンたいそう」
避難所は蒸すような暑さだった。
配給された水と食料を抱きかかえ、誰もが不安に表情を曇らせている。
無理もない。この避難所も、いつあの巨大生物に踏み潰されるかもしれないのだ。
時間が長く感じる。僕と妻は祈りながら息子を抱きしめていた。
「カーット!」
その声に、僕たち夫婦は胸を撫で下ろす。
この日は編集者からのお誘いで、映画『シン・ゴジラ』のエキストラに参加していた。
僕1人でもよかったのだが、「アサトと映画に出られる機会なんて、これを逃したらもうない!」と妻がやる気満々だったので、家族3人で参加することにしたのだ。
僕たちの役は、ゴジラ襲撃に怯える被災家族。
しかし、僕らにはゴジラよりも大きな問題があった。
“ベストメドレー問題“だ。
アサトは機嫌のいいとき、お気に入りの歌をメドレー形式で口ずさむ癖がある。しかもエンドレスで。
この日は久しぶりに家族そろっての外出。朝からソプラノ歌手なみの声量でアンパンマンの「サンサンたいそう」を歌い踊るほどに、アサトはご機嫌だった。そのテンションのまま楽しそうな場所に来たものだから、新たなインスピレーションでも降りてきたのか、オリジナルソングまで口ずさみ始める。
一度こうなったらなかなか止められない。口の前に指を立てて「シーッ」とやると、ぼちぼち大きめの「シーッ!」が返される。「お口にチャック!」と口のファスナーを閉める仕草を見せても、同じ動きを真似するだけで、直後に軽やかな歌声を披露されてしまう。
まずいことに、次は避難者たちが眠っている静かなシーンの撮影だ。今まではなんとか騙し騙しできたが、次のシーンは完全な沈黙を必要とされる。はたしてアサトの歌を止めることができるのか、と僕は不安だった。

妻はといえば、この日はふだん見せないような厳しさを見せていた。
元劇団員でドラマ出演経験もある彼女は、エキストラの役割をよくわかっている。だから、「悪目立ちするな」「素人がへたに演技するな」と、スタッフより厳しい要求を僕にしてくる。
「次のシーンいきます! 本番ヨーイ……ハイ!」
僕らは毛布に深く潜りこむ。アサトの歌声を漏らさないためだ。カメラには映りたいが、もうそんなことを言っている場合じゃない。
――ああ、またアサトが歌いだした。しかも「サンサンたいそう」だ。よりにもよって、こんな静かなシーンに、なんて躍動感あふれる歌を……。監督、早くカットと言ってくれ!
そのとき、僕の耳はアサトとは別の歌声をとらえた。
「ねーむーれーよーいーこーよー♪」
――妻の声? これはアサトを寝かしつけるときにいつも歌っている子守歌だ。なるほど、アサトを眠らせることで沈黙させようというのだ。
やさしく囁やくような、絶妙に外へ漏れない声量。しかも、歌に合わせた背中トントンもついたコンボ技。母親の子守歌と背中トントンに抗がえる子どもなどいるだろうか。
アサトの歌声は次第に小さくなっていき、やがてそれは寝息へと変わる。そして――。
「カーット!」
やった……やったぞ! 僕らは無事、試練を乗り越えたのだ!
この後はラジオ体操をするシーンだ。さあ、アサトよ、今こそ元気いっぱいな「サンサンたいそう」を笑顔で披露するがいい。
しかし、数分でも眠ったことで気持ちがリセットされたのか、アサトの表情は完全な無になっていた。





























