ハロウィンはデビルマンに ダークヒーローにあこがれる息子のセンスある「将来の夢」【うちのアサトくん第6話】

黒史郎

お父さんの影響もあってか、昭和時代のダークヒーローに憧れるアサトくん。そんな彼が大人になったらなりたい“意外なもの“とは?

小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。


※本稿は『PHPのびのび子育て』2019年11月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。

大きくなったら何になる?

うちのアサトはいつだって、何かになりたがっている。

世の同世代の男の子たちは、何になりたいのだろう。

僕の子どもの頃は、みんな仮面ライダーや戦隊ものといったヒーローに憧れ、デパートの玩具売り場では「怪人カッテカッテ」になっていたものだが、今の子どもたちも同じなのだろうか。

日曜朝の特撮番組をまったく視聴しない息子は、ライダーやレンジャーといった、その手のヒーローへの関心がない。だから、ありがたいことに変身にはお金がかからない。

わが子の変身グッズは、アニメ『悪魔くん』の玩具に付属していた唐草模様のビニールマントと、お祭りのクジで引き当てたバルーンのソードの2点のみ。

ヒーローと呼ぶには、あまりにカッコ悪い装備だが、これらを身に着けた息子は最強だ。

彼の振る剣の前では、悪の組織の怪人(僕と妻)は地面に倒れ伏すしかない。

なぜならアサトは、剣を振りながらこう言うのだ。

「ねんね、ねんね」

寝ろ、つまり、倒れろというのだ。

そんなアサトがとうとう、公の場でヒーローデビューすることになった。

10月に催される最大の仮装イベント。

そう、ハロウィンだ。

川崎市のハロウィン・イベントに参加することに決めたのだ。

「何になりたい? なんでもいいよ」

妻は息子の衣装を作る気満々だ。

息子はパソコンの画面をコンコンと指で小突き、視聴していた動画を見せる。

「え……これって」
「まあ、ヒーローではあるけどな」

画面の中では、水色の悪魔が敵にビームを放っていた。

息子がなりたいもの。それは昭和のヒーローアニメ『デビルマン』、その主人公だった。

『悪魔くん』から『デビルマン』……ほぼ英語にしただけだ。

「……よし」

妻はうなずくと、真剣な表情でパソコン画面を見ながら必要な材料のメモをとりはじめる。それが終わると僕に、ターコイズブルーのタイツと黒のブルマをネット通販で買うように命じ、100円均一ショップへと出かけていった。

来たる10月某日。

各地から妖怪・もののけたちが集まり、わが家の水色の悪魔も川崎の地に降り立った。

しかし、残念なことに天候に恵まれず、大雨。

恒例のパレードも中止となり、あきらめきれないおばけたちが駅前を徘徊していた。

僕らもせっかく来たのだからと、わが家の小悪魔をお披露目しながら駅前をうろついた。

アサトは雨など気にもせず、ママ手作りのデビルベルトをきらきら輝かせ、デビルウイングを背中で揺らし、ターコイズブルーのデビルお尻をふりふりさせながら、鼻歌交じりで楽しそうに闊歩していた。

たまにアサトがピョ〜ンと、大きく飛び跳ねる。

そのまま空の向こうへと飛んで行ってしまわないかと心配になるくらい、アサトはうれしそうだった。

うちのデビルは、天使のようだった。

これから10年、20年と時が経ち、背も僕らよりも大きくなって。

その頃にアサトは、なりたいものになれているだろうか。

なれていたらいいな。

「ねぇ、アサト」

跳びはねてはしゃぐアサトに妻が聞く。

「大きくなったら、何になりたい?」

ポカンとした表情で僕と妻を見る。

うちのアサトはこう答えた。

「ナポリタン」