七五三フォトで大奮闘! 自閉症の息子が見せた“奇跡の1枚”とは【うちのアサトくん第7話】

黒史郎

七五三の記念に、スタジオ撮影に挑戦するアサトくん親子。養護学校のママ友たちから聞いた「必要なのは『根気』あるいは『妥協』」のアドバイスを胸に臨みますが……果たして「奇跡の1枚」は撮れるのでしょうか。

小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。

※本稿は『PHPのびのび子育て』2019年12月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。

元・忍者の「奇跡の1枚」

「とうとう、この日が来たか……」

まるで魔王に挑む勇者のような表情で妻がつぶやく。

今日、僕らは重要かつ最大レベルの難関なミッションを控えていた。

七五三の記念にフォトアルバムを作るため、スタジオで写真を撮るのである。

養護学校のママ友たちによると、必要なのは「根気」あるいは「妥協」らしい。

集中力が続かない、などというようなレベルではない。

感覚過敏の子にはシャッター音を嫌がる子や、レンタルの着物が着られない子がいる。場所見知りの子は、着いたとたんに泣き出し、スタジオを出るまで泣きやまない。ジッとしていられない多動性の子は、奇跡の瞬間が下りるのを待つしかない。

1枚でもまともに撮れたら御の字。その1枚を根気よく待つか、どこかで妥協するかなのだという。

カメラのほうを向いてジッとしていてほしいというのは、僕ら大人の都合でしかない。それは重々承知なのだが、親にとって七五三の写真は、わが子の大事な成長記録。是が非でもほしい。

どうか奇跡の1枚を、と僕らは祈った。

「アサトくん、こっち見てー」

さすが、スタジオの人たちはプロだ。子どもの扱いに慣れている。ぬいぐるみ、音の鳴る玩具。アサトの気を引こうとあらゆる手段をくり出してくる。

しかし、わが息子も負けてはいない。シャッターを切る直前にピョンと跳ね、走り出し、残像ばかりが撮れていく。このままでは忍者写真集になってしまう。

しばらくして、ようやく落ち着いたかと思えば、今度は楽しげな撮影セットが仇となり、アサトはゴロリと寝転がると「アンパンマンのマーチ」を口ずさみながら超リラックス状態へと突入。なんとかカメラ目線をもらえても、首から下は寝釈迦(横たわっている釈迦の像)ポーズである。

しだいにスタジオの人たちにも疲労が見え始めていたが、彼ら以上に動き回り、汗をかいていたのは妻だった。

「奇跡の1枚……奇跡の1枚……」

念仏のような祈りの言葉が妻から漏れ聞こえる。

「では、お着替えしましょうか」

七五三といえば羽織と袴。アルバムのメインとなる写真だが、アサトは疲れたのか、ぼんやりと眠たげな顔をしている。

何度、玩具の刀を持たせても、腕をだらんとさせて構えてくれない。

「ほら、こうやって持つの」

だらん。

「こうしたらカッコイイよ」

だらん。

わが家のやる気のない侍(元・忍者)はついに「ポテト食べたい」と言い出した。

「これ終わったら買いに行こ? だから、もうちょっとがんばろ。ね?」
「ポテト、ハンバーガー、ポテト」

ポテトでバーガーをはさむトリプルコンボが発動。これが出るとアサトのファストフード欲は過熱し、ポテトLサイズを口中に収めるまで要求し続ける。その間、どんな言葉も聞く耳はもたない。

僕らは白旗を上げた。

「撮れた中から探しましょうか……」

本来はたくさん撮れた中から選ぶのだが、アサトの場合、撮れなさすぎて、アルバムへの掲載数を減らさなくてはならなかった。

しかし、そこには妻の願った「奇跡の1枚」があった。

着物姿のアサトが、笑みを浮かべながら、あごに手を添えている。

なんだか粋な感じの1枚だ。

「これ、いいじゃない」
「いつ、こんなポーズとった? 表情も完璧だよ」
「それはその……鼻をほじる瞬間ですね」

そこを捉えるなんて、さすがプロ。