ぬいぐるみ好きの息子が突然“ゴーストハンター”に! クールなヒーローが“悪”と戦う日【うちのアサトくん第11話】
アサトくんのマイブームは、これまでまったく興味を示さなかったヒーローもの。黒史郎さん夫婦は全力でやられ役を演じますが…?
小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。
※本稿は『PHPのびのび子育て』2020年4月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。
悪者をやっつけろ!
妻と僕は1日に何度も「おばけ」になる。
おばけといっても、顔は青白くないし、血のりもつけていない。ウラメシヤもいわない。
ただ、熊が襲いかかるように両手を上げ、
「おばけぇぇぇ」
この一言を発するだけだ。
すると、アサトが僕らを手刀でズバッと斬る。
必殺アサトブレード!
この技は強力な2枚刃。合掌するように手を合わせ、勢いよく敵を袈裟斬りする!
斬られた僕らは「うわぁ」と苦しむ。しかし、おばけは一撃で倒れない。再び「おばけぇぇ」と襲いかかる。で、また斬られる。「うわぁ」と苦しむ。「おばけぇぇ」とやる。斬られる。
これを繰り返し、アサトの次の一言を待つ。
「ねんね!」
これは本来「寝なさい」の意味だが、ここでは「お前らを倒したぞ!」という勝利宣言。もういいかげん倒れろ、そういっているのだ。
その場に倒れる僕と妻。アサトは勝ち誇った表情など浮かべない。足元に転がる僕らを、ただただ無の表情で見下ろすクールな戦士なのだ。
アサトは今、悪を斬りたくてたまらない。
斬るのは悪の秘密組織の怪人ではない。僕と妻が演じる「おばけ」だ。
「おばけ」=「こわい!」
「こわい」=「悪者!」
「悪者」=「倒さないと!」
「悪者を倒すのは」=「ぼくだ!」
アサトの中で、こういうことになっているらしい。
そうなのだ。ついに! ついにアサトの中にヒーローの血が流れだしたのだ!
他の家では珍しいことではないかもしれないが、わが家にとってこれは大ニュース。というのも、それまでのアサトは男の子が好きなものにまったく興味を示さなかったのだ。
日曜日の朝。アサトはもぞもぞと起きだすと、部屋で1人、ぬいぐるみ遊びをはじめる。
世の男の子たちにとって日曜朝といえば、戦隊ヒーローものが放送されるゴールデンタイム。しかしアサトは、この手のものをいっさい見ない。どちらかといえば魔法少女的なアニメのほうが好きだ。
クルマ、電車、ロボット。そういうカッコいい玩具にも興味はなし。ぬいぐるみ大好き。
それがダメとはいわないが──。
ちょっとくらい男の子っぽいものに関心をもってもらいたかった。
それが、いったいどういう風の吹き回しか。
ある日突然、【ゴーストハンター・アサト】が生まれたのだ。
なんにしても、うれしい変化だ。やっと男の子っぽいものに興味をもってくれたのだ。アサトがこうしてヒーロー遊びをしてくれるのを、僕らはずっと待ち望んでいた。
敵が怪人じゃなく、おばけというのもイイ。さすがホラー作家の息子。
ここはひとつ、アサトのヒーローごっこを本格的に演出してあげたい。
善は急げ。いや、悪役も急げだ。
僕と妻は本格的なおばけになろうと、頭から毛布をかぶり、部屋を暗くして、一層おどろおどろしく声色を変え、ヒーローに襲いかかった。
「おぉぉばぁぁけぇぇぇ」
アサトはすぐさま、僕らをドンッと押しのける。
《いいぞ、そのままアサトブレードで悪(パパたち)をやっつけろ!》
「おしまいっ!」
そう叫んだアサトは慌てて部屋のライトのスイッチをたたき押すと一目散に逃げだし、そのまま寝室に飛び込んでしばらく出てこなかった。
すっかり戦意喪失。
「本気で、やりすぎたか……」
わが家のヒーローを怖がらせてしまったらしい。
反省した僕らは今、怖くないおばけを練習中だ。