天使の歌声は録音必須!息子の声変わりを受け入れたくない親の心中【うちのアサトくん第15話】
子ども特有の可愛さは、表情やしぐさ、言葉づかいなど、いろいろありますが、黒さんが特に貴重だと考えているのは歌声です。
小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。
※本稿は『PHPのびのび子育て』2020年8月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。
天使の「んーにゃ」
妻と僕が恐れていることがある。
その日が来てほしくない。
でもいずれ、必ずやってくる。
どの家にも、平等に。
――わが子の声変わり。
神よ。あなたはなぜ、声が変わるようにわれわれを作ったのですか。
だって……だってですよ?
ころころとかわいい、この声が。
ある日、急に低くて太いものへと変わってしまうなんて。
そんな残酷なことがありますか?
子の成長の証なのだから、本来なら歓迎すべきこと。
それはわかっているんです。
でも僕らは自信がないんです。その時を受け入れられるのか。
親バカと言われてもかまわない。
この際、はっきり言わせていただこう!
うちのアサトの歌声は宝だ。
天使の歌声だ。
翼が生えて天まで飛んでいきそうなソプラノボイスなんだ。
みなさんは聞いたことがあるだろうか。
天使が歌う「んーにゃ」を。
アサトは毎日のように、きれいな声で「んーにゃ」と歌う。
え? 「んーにゃ」とはなんだって?
歌で「んーにゃ」といえば当然、歌手の水前寺清子さん(以下チータさん)でしょう。
アサトは今、チータさんに夢中なのだ。
チータさんと息子の出会いはネット動画だった。
1991~92年に放送されたアニメ版『丸出だめ夫』。だめっ子な男の子とポンコツ・ロボットが登場するコメディーだ。アサトはこのキャラが大好きで、動画を繰り返し再生し、よく絵にも描いている。
好きなのはキャラだけではない。オープニングとエンディングの歌にもドハマりした。
その2曲をチータさんが歌われているのだ。
オープニングは大ヒット曲『三百六十五歩のマーチ』。みんなが知ってる国民的ソングだ。この曲をアサトは見事に歌いあげる。
原曲のキーはそれほど高くないが、アサト・アレンジになると2つ、3つキーが上がる。
それにまだ言葉が完ぺきではないので、歌詞も微妙に変わる。
「いっちみっちにっぽ」
「にんじゃでさんぽ」
「さーんぽスプーンでにこさばる~」
かわいい……。
でもアサトがよく歌うのはこちらではなく、エンディングの『子供はつらいよ』のほうだ。こちらが「んーにゃ」の歌なのである。
日常会話で聞くことのない「んーにゃ」。その音の響きがアサトにはたまらなく面白いようで、四六時中、朝から晩まで寝ても覚めても「んーにゃ」なのだ。
僕が自宅で仕事をしていると、アサトによる『丸出だめ夫』動画のヘビロテが始まる。しかも、エンディング曲の「んーにゃ」のところだけ。
やがてそこに、アサトの歌声も重なりだす。
「こどもーはーつらーいよぉ、んーにゃ」
「こどもーはーつらーいよぉ、んんんーにゃ」
「こどもーはーつらーいよぉ、んんんんんんんんんーにゃ」
「んーにゃ」がどんどん長くなり、声はどんどん高くなっていく。
アサトがチータさんになろうとしている。
いや、チータさんを超えようとしている!
――少々、話が脱線してしまった。
何が言いたかったかというと、天使の声は録音しておくべきだ、ということだ。
もちろん、声変わり後のアサトの歌声も、それはそれでよいものだろう。
でも、ソプラノがすぎる「んーにゃ」を聞けるのは今だけ。
そう思うと、この声がとても愛おしくてたまらないのだ。