逃げ回る子となぜ手をつなぐのか? 発達障害のある子どもの手を親が離せない理由【うちのアサトくん第23話】

黒史郎

元気いっぱいなアサトくんと手を繋ぐことで、アサトくんの成長を実感する黒史郎夫婦。そんな両親が思い描く息子の未来とは?

小説家黒史郎さんと奥様、そして自閉症の息子・アサトくんの日常を描いた、子育て実話ショートショート「うちのアサトくん」をお届けします。


※本稿は『PHPのびのび子育て』2021年4月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。

手を離せる日まで

妻と僕は毎日、アサトと手を繋ぐ。

学校や放課後等デイサービスの送り迎え。散歩やコンビニに行くとき。朝も夕も、平日も休日も、どこへ行くにも、きゅっと手を握る。

でもそこは元気いっぱいな小学生男児。おとなしく手を繋がれてはくれない。ひょいひょいと逃げまわり、やっとこさ繋いでも、すぐ振りほどかれる。そのたびに僕らは慌てて追いかけ、ひらひらと蝶のように逃げまわる小さな掌をなんとか捕獲し、今度は逃げられないようにと、しっかり手を繋ぐ。

自由にさせてあげたいのは山々なのだが、自由すぎるアサトの動きは予測不能になるので、僕らは何度もヒヤリとさせられている。

外を歩いているだけでアサトは楽しくてたまらなくなり、高らかに歌い出したかと思うと、飛んだり跳ねたり走ったり、さらにはダンサブルでトリッキーな動きまで披露する。

ご機嫌なのは大変いいことだが、そんなときは歩いている人にも走っている車にも注意が向かない。

周りをまったく見ずに突拍子もない動きをしだすものだから、いつ車の行き交う道路にピョイッと飛び出すかもわからない。

アサトの身の安全の心配だけではない。道には彼より小さな子ども、ベビーカーや妊婦、杖をついたお年寄りがいる。アサトがピョイッと飛び出したことで、その人たちを傷つけてしまうかもしれないのだ。

これは発達障害の子を持つ親なら、誰もが恐れていることだ。ただ楽しく歩いていただけの我が子が、誰かを傷つけてしまう――悪夢だ。

だから外では極力、アサトの手を握って離さないよう心掛けているが、彼の自由を奪って機嫌を損ねるのも本意ではないので、些細なことではあるが僕らなりに工夫をしている。

まず絶対に強くは握らない。「おしまい!」と怒られて二度と手を繋いでもらえなくなる。かといって握る力が弱いとスルリと逃げられるので、絶妙な力加減で握っているのだ。

飽きさせないための手遊びも忘れない。繋いだ手をハイジのブランコばりに大きく振ってみたり、1本釣りでアサトマグロを釣りあげてみたり、熱唱に合わせて、ぎゅっぎゅぎゅぎゅっとリズムを刻みながら握る力に強弱をつけてみたりと、彼を繋ぎ留めておくための努力をしている。

それでも完全に繋いでおくことはできない。

もって5分、がんばって10分。そして僕らの手を振りほどいて自由の身となったアサトは、駿馬の如く走りだす。すぐに追いかけるが、成長著しい息子の脚力には勝てず、なかなか追いつくことができない。

僕らも年々、走るのが大変になってきた。

「もう少し運動して体を鍛えないと、そのうちアサトにそのまま置いてかれちゃうね」
最近は夫婦でそんなふうに話している。

アサトの一歩が少しずつ大きくなる分、僕らの一歩は少しずつ小さくなっている。そうして、子は親の元からどんどんと離れていく。時が経つとは、多分そういうことなのだろう。

いつまで手を繋いでいられるだろう。

いつまで走って追いかけられるだろう。

でも一番の理想は、アサトが僕らの手を必要としなくなること。

「もうっ、はずかしいからやめてよ」

そういって僕らの手を振り払ってほしい。そして、僕らが心配する必要がないくらい頼もしいステップで、自分の行きたいところへ向かって自由に走ってほしい。その背中を見送れたら、僕らの人生は◎だなと思う。