ワンボックス購入、免許取得も…少年野球の知られざる出費事情

上原伸一 (著), 松井克典 (監修)
2026.02.18 10:41 2026.03.02 11:50

バッターボックスでバットを振る小学生の男の子

子どもが野球を始めるとき、多くの親が気になるのが「実際いくらかかるのか」というお金の問題です。月謝や道具代だけでなく、遠征費などの思わぬ出費も少なくありません。
小学校から大学まで野球を続けた息子を持つ父親・Sさん(仮名)が驚いた、思いがけない保護者の負担とは?

スポーツライターの上原伸一さんによるインタビューを、書籍『子どもが野球を始めたら読む本』より抜粋してお届けします。

※本稿は上原伸一 (著), 松井克典 (監修)『子どもが野球を始めたら読む本』(ベースボール・マガジン社)より一部抜粋、編集したものです。

野球以外の選択肢も与えた

野球ボールで父親とキャッチボールする未就学児の男の子

上原:まずは息子さんが野球を始めた経緯を教えてください。

S:3、4歳くらいの時だったと思いますが、私と一緒に近所の公園でプラスチックのバットとゴムボールで遊んだのが最初です。

上原:息子さんには野球をしてほしいと思ってましたか?

S:そういう気持ちはありました。小学生までですが、私も野球をやってましたし、中学、高校でも野球を続けた友人への憧れもありました。野球は見るのも好きで、特に高校野球が昔から好きでした。ただ、何が何でも野球を、というのはなかったですね。選択肢も与えてました。幼稚園生の時は長女(姉)がサッカーしていたのもあり、Jリーグ傘下のチームに入ってましたし、水泳も習ってました。

上原:そのなかで、息子さんは自分で野球を選んだのですね。チームに入ったのはいつごろですか?

S:小学1年のときです。たまたま妻がスーパーで学童チームがメンバー募集しているチラシを見つけまして。住まいの近くで活動しているチームだったので見学に行ってから入りました。

上原:どんな感じのチームでしたか。

S:当時年輩の監督が大きな声を出して怒鳴る昭和的なチームでした。今だったら許されないでしょうね(笑)。

上原:そういう指導を保護者は受け入れていたんですか。

S:息子がチームに入ったのは2007年でしたが、当時は今ほどコンプライアンスについては言われてなかったです。保護者もそれが半ば当たり前のようにとらえていて、嫌悪感を示すような親御さんもいなかったですね。

上原:お茶出しといった当番はありましたか?

S:お母さんたちはありました。練習試合を含む試合時の配車(駐車代等の精算も)や監督、コーチの弁当の買い出し、3泊4日で行われていた夏の合宿の付き添い、公式試合の参加費の払い込みをしてました。

上原:お父さんはどうでしたか?

S:大会などのときに車を出すことがあったくらいで。低学年のころは息子の様子を見に行くと、選手のキャッチボールの相手を頼まれたり、練習で人数が足りない時は守備についたことはありました。お父さんでコーチになっている人もいましたが、それは強制ではなかったですね。

上原:学童チーム時代の親としての負担感はどうでしたか?

S:地元のチームで親同士も顔馴染みだったので、さほどありませんでした。途中で監督が当時40歳代前半のより熱心な人に代わり、練習試合が増えたり、それまでは小さな地区の大会しか出ていなかったのが、全国大会にもつながっている大会にも出るようになりましたが、知らなかった世界を経験できると、子どもも親もウエルカムな感じでした。

上原:練習試合や大会参加の数が多くなれば、それだけ親御さんのサポートも増えたと思いますが、ネガティブな感じはなかったのですね。

S:それはなかったと思います。

上原:お子さんが野球のユニフォームを着て、元気にプレーしているのを見るのは楽しかったですか?

S:楽しかったですし、うれしかったですね。

上原:チームは強かったのですか?

S:都道府県大会に出場するほどのチームではなかったですか、その手前くらいまでは進出してました。

車出しをするためにワンボックスカーを購入

電卓で計算する人

上原:中学では硬式チームを選んだそうですが、これは息子さんの希望だったんですか?

S:ええ。息子の希望です。妻も野球が「大」が付くくらい好きなんです。私は軟式でもいいのでは…と思ってました。硬式のクラブチームともなると、地域のレベルが高い子たちが集まってきますからね。息子は一応、小学時代は主将で中軸を打ってましたが、そういうところでは果たしてどうかな……と。

上原:チームは何チームか見に行ったのですか?

S:妻が息子を連れて見に行きました。シニア、ボーイズと全部で5、6チームは見学に行ったと思います。

上原:最終的には強豪チームに入りましたが、練習は週に何回あったんですか?

S:平日はなく、土、日、祭日だけでした。とはいえ、練習のある日は朝から晩まで1日中でした。

上原:するといわゆる「ガチ」なチームだったんですね。

S:息子がいた学童チームとは全く違いました。選手のレベルも高く、NPBジュニア(詳細については他のページで説明)出身の子が何人もいましたし……人数も多く、各学年30人くらいはいた気がします。

上原:親御さんとしての金銭的な負担は大きくなりましたか?

S:学童チーム時代は必要最低限な出費でしたが、一気に大きくなりました。月謝は1万5千円でしたが、それ以外で何かと費用がかかりまして……まず驚いたのが、チームバスを運転するための中型免許を、各学年の親御さんの誰かが自費で取りにいかなければならないことでした。幸い私たちの代はすでに中型の免許を持っている人がいたので助かりましたが……他の学年では抽選で決まった人が取りに行ってましたから。

上原:自費なんですね。私も驚きました。

S:遠征などの「配車当番」で子どもたちや関係者を乗せるため、8人乗りのワンボックスカーも買いました。チームバスはあるんですが、学年ごとの大会や遠征があり、車が必要だったからです。もちろん強制ではなかったですが、うちは私の仕事兼用の乗用車しかなかったので。中古を買い、駐車場も借りました。その費用だけで???万円くらいかかりましたね。遠征でのガソリン代はチームが出してくれました。妻はペーパードライバーだったんですが、自分も運転できるようにならないと、と一念発起し、ペーパードライバー講習に通ってました。

上原:傍からすると、そこまで……という感じがします。するとチームのほとんどの家庭がワンボックスカーだったんですね。

S:それが普通というか……。

上原:親御さんが免許を持ってなかったり、車がないというところは少数派だったのですね。

S:中にはいたかもしれませんが、ほとんどいなかったと思います。

上原:すると、もちろんチームによって事情は違うものの、子どもが硬式クラブチームに入るには、親が車を持っていないと、それもワンボックスでないと……というところもあるんですね。

S:そういう面もあるかもしれません。車は必要ですね。ないと子どもの送迎も難しいので。

上原伸一

1962年生まれ。東京都出身。國學院大學文学部を卒業後、外資系のスポーツメーカーのマーケティング職などを経て、2001年からスポーツライターに転身。活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在ではベースボール・マガジン社の『週刊ベースボール』、『大学野球』、『高校野球マガジン』などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞『4years.』、『NumberWeb』、『スポーツナビ』などに寄稿している。2020年より「Yahoo!ニュース エキスパート」。

松井克典

1973年生まれ。日本工業大学共通教育学群・准教授(コーチング学)。埼玉・春日部高、千葉大、山形しあわせ銀行(現・きらやか銀行)、全大宮野球団で内野手としてプレー。以降、体育科教員として勤務した6校(スポーツ専門学校2校、高等学校3校、大学)で野球部コーチ、監督を歴任。並行し、自分の子どもと同時に入団した学童野球チームでコーチを5年間務めた。現在は大学での教育・研究とともに、一般社団法人野球まなびラボ代表理事として小中高の野球指導者・保護者の学びの場の創出や、コーチングやチームビルディングの普及活動に尽力。野球をはじめスポーツに関わるすべての方々が学び、成長していくため活動を行っている。「人生一期一会」「スポーツと教育のミライをデザインする」をコンセプトに、スポーツや教育のあり方を追求している。

子どもが野球を始めたら読む本

上原伸一 (著), 松井克典 (監修)『子どもが野球を始めたら読む本』(ベースボール・マガジン社)

主人公は野球を始めたばかりの子を持つおとうさんとおかあさん。成長期の子どもに本当に必要なもの、食の大切さと体づくり、初めての道具選び、女子野球、気になるお金のことまで。ヒントを求めて7人の賢者を訪ねた筆者が、扉の向こうに見たものは──。