東日本大震災から15年 親子で読みたい”いのち”を考える絵本5冊【絵本レビュー】
未曾有の災害をもたらした東日本大震災から15年──。あの日の記憶を次の世代へ伝え、子どもが自分の命を守る力を育てるために、いま親子で読みたい震災絵本を5冊ご紹介します。(文・nobico編集部)
あの日、目にした光景、体験を忘れられない人たちがいる一方で、あの震災を知らない子どもたちも増えています。また、少しずつ記憶が風化し、人々の関心が薄くなっているようにも感じます。
地震や台風など災害の多い日本では、いつどこで大自然がもたらす大きな災害に遭うかわかりません。特別な準備ではなく、ふつうの暮らしの中で備えているものが、実は大きな防災の力になるということ。その意味でも、震災や防災に関する絵本をふだんから子どもと一緒に読みあうことは、いざというときに、子どもが自分の身を守る備えにもなります。
今回は、そんな「いのち」や「生きる」といったことを子どもと一緒に話し合えるような、震災に関する絵本5冊をご紹介します。
震災のリアルさと、逃げる子どもたちのたくましさ
津波被害の多い東北地方で昔から伝わる「つなみてんでんこ」という言葉。家族や大切な人が心配でも、とにかく「てんでばらばらに逃げて、自分の命を自分で守る」ことが、結局は多くの命を救うという相互信頼の教えです。
『つなみてんでんこ はしれ、上へ!』(指田和/文、伊藤秀男/絵、ポプラ社)は、釜石市の鵜住居小学校と釜石東中学校の両校の子どもたちが体験した震災当日を、ドキュメンタリーのように再現したもの。当日の緊迫感がリアルに伝わり、胸に迫ります。
その迫力に、少し怖いと思う子どももいるかもしれませんが、大勢で上へ上へと逃げる子どもたちの描写に、必死で「生き抜く」エネルギーの強さを感じます。
「地震が起きたら、このお兄ちゃんお姉ちゃんのように、一生懸命逃げようね」と話してあげてほしいと思います。いざという時、「絶対に生き抜くのだ」という強さが、生死を分けることもあるかもしれないから。
原発事故から、命の意味を考えつづける
東日本大震災は、巨大津波が東北地方の太平洋沿岸を襲い、壊滅的な被害をもたらしたことに加え、原子力発電所事故による放射能汚染という長期的な被害を伴った「複合災害」でもありました。
福島第一原子力発電所からわずか14㎞地点。警戒区域内にとりのこされた実在の牧場をモデルに、放射性物質に汚染された牛を殺処分せずに飼育する牛飼いの姿を追った作品が『希望の牧場』(森絵都/作、吉田尚令/絵、岩崎書店)です。
牛飼いは、人がいなくなった町で、生きる意味を考えながら牛にエサをやり続けます。
「売れない牛を生かしつづける。意味がないかな。バカみたいかな」
「希望なんてあるのかな。意味はあるのかな。
まだ考えてる。オレはなんどでも考える。一生考えぬいてやる。な、オレたちに意味はあるのかな?」
生き物が「生きる」とは? 「希望」とは? 「意味」とは?
原発再稼働の流れが進みつつある現在、もう一度、福島で起こった出来事を振り返ってみるにもいい絵本です。
生きるということは、ひとりで、はしりつづけること
被災した人にとっての、それからの日々。多くのものを失いながらも生きていかなければならない人たち。そんな人たちにエールを贈るような一冊が『はしるってなに』(和合亮一/文、きむらゆういち/絵、芸術新聞社)です。
福島で被災後、青森の祖母の家に、とうさんと離れてやってきた少年。とうさんは少年に言います。
「いいか。はしるということは いつもひとり」
「ただ ひとりなんだ。だから ひとりで はしりなさい」
避難している子どもたちも、福島で生活している子どもたちも、どの子もかけがえのない大切な子どもたち。あとがきには、「そんな子どもたちが、少しでも笑顔になれる絵本を作りたかった」と記されています。
自分の力ではどうしようもできないような理不尽なことが起こった時も、結局、それを乗り越えていくのは、ひとりひとりの自分。
「はしるということ。たったひとりで/ただひとりで/ひとりを/みんなで/あのくもを/おいかけて」
生きるとは、ひとりではしること。震災だけでなく、辛いことがあった時にも、読み直したい一冊です。
どんな時でも、子どもたちの笑顔が未来の希望
2011年3月11日に起こったことに対して、何もできなかったことを後ろめたく思っている人も多いのではと思います。ただ、忘れないこと。そして、伝えていくこと。それだけでも、あの日を共に生きた人間として、何か寄り添えているのでは……という気がしてなりません。
『ただいま、おかえり。 3.11からのあのこたち』(石井麻木/写真・文、世界文化社)は、東日本大震災を目にして、何かしたいと思わずにいられなかった写真家が、12年に及ぶ東北の地と人々の姿を記録したもの。
仮設住宅を訪れるピエロの前で見せる明るい子どもたちの笑顔や、中学生になった子どもたちの快活な表情などに、ホッと安堵する読者も多いでしょう。震災が奪った多くのものを振り返りつつも、希望を感じさせてくれる写真絵本です。
大切な人を失ってからの、家族の再生の物語
東日本大震災から15年がたつ2026年もまた、思いを伝え続ける本が送り出されています。
大きな災害が奪うのは、いつもは当たり前のように感じている日常です。奪われたときにはじめて、その何気ない日常が、かけがえのない奇跡のようなものだったと知ることになる──。
そんなことも感じさせてくれる絵本が、『また、かえりみちがわからなくなった。』(ありのくろき/原案、まめそら/文、くぼたひろこ/絵、つむぐ舎)。
小学生の「ぼく」は、いつも文房具屋の前でかえりみちがわからなくなり、タクシーのおじさんに送ってもらいます。その場所は、家だったり、体育館だったり、公民館の前だったり…。
「ぼく」の視点からストーリーは進み、読み進むうちに、読者は「ぼく」の正体を知ることになります。一方で、そこに描かれているのは、被災後、少しずつ悲しみから前を向いて歩いていく家族の姿。その家族の姿を確かめられたとき、「ぼく」は――。
本作は、阪神・淡路大震災をきっかけに生まれた「防災100年えほんプロジェクト」で選ばれた原案を絵本化したもの。センシティブな内容が重くなりすぎない表現で描かれていて、かえって深い余韻を残します。
何度もページをめくって、ストーリーの意味を考えながら、子どもと「いのち」について語り合ってほしい絵本です。
「いのち」と「生きる」ことを子どもと語り合う時間に
震災や防災を扱った絵本には、起こった悲しい出来事などを描いたものも多くあります。けれど今回は、被災してからのたくましさであったり、強さであったり、振り返ることで「生きる」ことの意味を改めて考えられるような本を選んでみました。
小さな子どもたちには、「生」や「死」について伝えることは難しいかもしれません。でも、いざという時、自分の「いのち」を守らなければならないのだということと共に、ぜひ「いのち」があることの素晴らしさ、そして「生きる」ことの大切さについて話し合うきっかけにしてほしいと思います。