「感情を制御できない子」の家庭に欠けていたもの
他者を信頼することができるか――それが子どもの発達格差を生み出す根本原因であることを証明する有名な実験結果がある。子どもの「他者への信頼感」を育てられるかどうかは、親(養育者)がどう子どもに接するかにかかっている。
※本稿は、森口佑介著『子どもの発達格差』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
森口佑介(もりぐち・ゆうすけ/発達心理学者・京都大学大学院文学研究科准教授)
発達心理学者。京都大学大学院文学研究科准教授。福岡県生まれ。京都大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。専門は発達心理学・発達認知神経科学。子どもを対象に、認知、社会性、脳の発達を研究する傍ら、大阪府の家庭支援事業にも携わる。子どもに関わる仕事をしている人への講演等を通じて、子どもの発達に関する知見を広く発信している。
「今を生きる」A君の話
筆者はいくつかの自治体の事業に携わっています。こういった事業や子どもの支援に身を置いていると、かなり厳しい環境に置かれている子どもに接することが少なくありません。プライバシーの関係で、ここではそういった経験に基づいた架空の子どもについて紹介します。
――小学校低学年のA君。衝動的な行動や感情の爆発を抑えきれず、教師は問題児だと思っています。A君の父親は、A君が小さい頃に家を出ていってしまいました。記憶にはほとんどありません。
母親に甘えたいところですが、家にいる時間は少なく、ときどき知らない男の人を連れてきます。この男の人といるときは、母親はA君にとても冷たいです。
家に食べ物はなく、いつもお腹を空かせています。母親がご飯をつくってくれることはなく、カップラーメンや菓子パンなどをときどき買ってきてくれます。ただ、食べ物を家に置いておくと、母親なのか、その男の人なのか、誰かが食べてしまい、すぐになくなってしまいます――
A君は、食べ物があれば、がまんすることはなく、すぐに食べてしまいます。友達がお弁当を忘れてきたところで、自分のパンを分けることはしないでしょう。
A君は「今を生きる」(目の前の欲求を優先する)子どもだと思われます。ここでA君が、「未来に向かう」(目標に向かって自分をコントロールする)必要があるのか、という点を考えてみたいと思います。
常にお腹を空かせていて、いつお金や食料を持ってきてくれるかわからないのに、「今はがまんして、後で食べなさい」とか、「友達に分けてあげなさい」と言うことは難しいように思います。
したがって、A君が「今を生きる」のは、単純に発達が遅れているということではないのです。彼が置かれている生活にとって、最も適した行動をとっているだけなのです。
特に、この場合、「食べ物が不足している」という物理的な状況はもちろんのこと、「食べ物を置いておくと誰かに食べられる」という社会的な状況が重要になってきます。残しておいてもなくなるくらいなら、今すぐに食べようという選択は適切なのです。
このことをもう少し一般化するために、有名な「マシュマロテスト」について考えてみたいと思います。