「感情を制御できない子」の家庭に欠けていたもの

森口佑介
2023.04.04 20:28 2023.04.04 20:09

「マシュマロテスト」は他者への信頼を表す?

「感情を制御できない子」の家庭に欠けていたものの画像1

目の前にマシュマロが一つ置いてあります。子どもは、お腹がペコペコのようです。

そこで子どもは実験者から、「目の前にある一つのマシュマロを食べてもいいよ。でも、15分待ったら、マシュマロを二つあげるよ」と告げられます。その後、実験者は部屋から出ていきます。

子どもは、今すぐ食べたいという気持ちと、少しがまんすればマシュマロが2倍になるという事実との間で揺れます。子どもはどういう行動をとるでしょうか。

これは、心理学で有名な実験の一つであるマシュマロテストです。このテストは、半世紀ほど前にウォルター・ミッシェル博士によって開発されました。

 このマシュマロテストでは、目の前のマシュマロを選ぶ子どもと、がまんして後で二つのマシュマロを選ぶことができる子どもがいます。前者は本書で言うところの「今を生きる」子ども、後者は「未来に向かう」子どもに該当することになります。

一見すると、目の前のマシュマロを選ぶ子どもは、がまんが足りない子どもということになります。目の前のマシュマロへの衝動を抑えきれない、困った子ども。一方で、15分間待つことができた子どもは、がまんができる、お利口な子ども。そういうふうに思う方もいるかもしれません。

ですが、少し考えてみてほしいのです。本当に、「今を生きる」子どもは、望ましくない子どもなのでしょうか。

マシュマロテストで大事なことは、実は、マシュマロをくれる人への信頼です。マシュマロテストでは、子どもにとって初対面の実験者が担当するので、この人を信頼していいかわかりません。

15分待ったらマシュマロを二つくれると言われても、部屋から出ていったこの人が本当に戻ってくるかはわかりませんし、戻ってきてもマシュマロをくれるかもわかりません。

本当に二つくれるかどうかわからないのであれば、目の前のマシュマロを食べることは、決して間違った選択ではありません。実際、そのようなことを考えさせる、興味深い研究が最近報告されています。

この研究では、まず、子どもと実験アシスタントが一緒に絵を描くなどして遊んでいます。その様子を実験者はみています。その後、アシスタントが部屋を出ていった際に、実験者はアシスタントの作品を壊します。このとき、二つの条件を設けました。

一つは、信頼できる実験者です。実験者は誤って作品を壊してしまいます。アシスタントが部屋に戻ってきたときに、自分が壊してしまったことを告げ、真摯に謝ります。

もう一つは、信頼できない実験者です。実験者はわざと作品を壊し、アシスタントが部屋に戻ってきたときに、自分は作品を壊していない、誰が壊したかもわからないと伝えます。

この後、それぞれの実験者がマシュマロテストを子どもに対して行いました。その結果、子どもが二つのマシュマロを得るために待つことができる時間は、信頼できる実験者の場合には、信頼できない実験者の場合よりも、約3倍長かったのです。

ここで大事なのが、実験者が示した行動(アシスタントの作品を壊す)は、マシュマロをくれることと直接的な関係がないという点です。それであっても、子どもは実験者の不誠実な様子をみることで、待っても二つもらえないかもしれないと考え、今すぐのマシュマロを選んだのです。

この結果は、マシュマロテストで二つもらうことを選ぶためには、他者をどれだけ信頼しているかが大事であることを示しています

 

「食べ物を置いておくと、他の人に食べられてなくなってしまう」

手をつなぐ小学生

他者への信頼の根本は、養育者と子どもの親密な関係です。発達格差が生み出される要因として、他者を信頼できないこと、さらに言えば、親などの最も近い他者を信頼できないこと、が挙げられそうです。

冒頭のA君の話に戻ると、A君の環境下では、両親すら信頼することはできません。父親は不在で、そもそも会うことすらありません。玩具や食べ物を持って、少しの間でも会いに来ることは可能であるはずなのに、会いに来てはくれません。そのような父親を信頼することは難しいでしょう。

母親は、仕方がないとは言え、仕事で忙しく、親子の会話や交流する時間はありません。ときどき食べ物をくれるので、もちろん父親よりは信頼できますが、次にいつ食べ物をくれるかはわかりませんし、他の男の人を連れてきたときには、A君よりもその男の人のことが優先されます。

また、食べ物を置いておくと、母親か他の男の人に食べられてなくなってしまうような状況で、その人たちを信頼できるかと言うと、なかなか難しいでしょう。

このように、食べ物を始めとした資源が物理的に不足しており、他者に対する信頼が不足しているような状況で育つと、子どもは、未来に向かうことが難しくなるのです。

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