「お母さん、足が動かない…」息子の異変に母が下した不登校の決断

角舘有理

忘れられない出来事

ある朝、登校時間をかなり過ぎていましたが、乗り気になれずグズグズしている息子をなだめたりすかしたりしつつ、どうにか急かしながら学校へ向かっていました。午前中は休んで午後から登校しようという私の説得に、息子が不承不承応じてくれたからです。

私は息子を学校に送ってから、その足で午後から出社するつもりでした。このとき私の頭の中は、「学校を出てから何分に駅まで到着すれば、何時までに会社に着ける」という算段を遂行することでいっぱいです。

自転車を引きながら歩く私の後ろを息子がついてくる形で、学校までの道のりを二人でのろのろと歩きました。私は息子の気分が盛り下がらないように時々話しかけたりしながら、一刻も早く学校に着けるようにとそればかり考えていました。

しかし、あの角を曲がれば学校が見えるというちょっと手前でふと気がつくと、後ろをついて歩いていたはずの息子がいません。私は息子がまた学校に行きたくなくて、立ち止まったのだと思いました。自分の電車の時間もあったので、私はちょっとイライラして息子を振り返りました。

すると、2メートルほど後ろのほうに息子が下を向いて棒立ちになっていました。近づくにつれてはっきりと見えたのは、血の気が引いて顔面蒼白になり、小刻みにガタガタ震えている薄い肩でした。

そして、息子は私が近づいてくるのがわかると、喉の奥のほうからなんとか言葉を振り絞り、下を向いたまま小さく呻くようにこう言ったのです。

「お母さん、どうしてか、足が前に動かない」

その瞬間、私は頭の中のヒューズが飛んだかのように、面倒臭さもイライラも、会社のことも、すべて吹き飛びました。息子のこんな表情ははじめてです。息子は体が硬直して、言葉通りもう一歩も前に進めませんでした。もちろん、仮病や演技ではないことは、顔や体の反応を見ても明らかです。

私は息子の背中にそっと手を当てて回れ右をさせました。そして、「とりあえず、一旦家に帰ろうね」と言いながら、今度は労るように、歩調を合わせてゆっくりと家に向かって歩きました。

こんな状態になって、息子は私が考えていたよりずっとずっと深刻だったのだと、やっと気づいたのです。私はなんと愚かだったのだろう。自分の都合ばかり考えて、なんて自分勝手な母親だったのだろう……。

家に帰るまでの短い距離をゆっくりと歩きながら、私の脳内は何かをしきりに整理しようとフル回転していました。一番大切なことは何か、今すぐやらなければならないことは何か。それはすべて、棒立ちになった様子を見たときに直感した、”最優先すべきは息子を守ること”に尽きました。