小学生に「聞く耳」を持ってもらう話し方とは? 楽天イーグルスアカデミーの聖澤諒さんの工夫
東北楽天ゴールデンイーグルスのプロ野球選手として、盗塁王を獲得するなど活躍。現在は楽天イーグルスアカデミーのコーチとして子どもたちを指導する聖澤諒さん。
自身が子どもの頃には夢にも思っていなかった「自分がプロ野球選手になる」を実現させた経験から、引退後の現在は子どもたちの可能性を伸ばし育てる仕事に取り組んでいます。
そんな聖澤さんの著書より、子どもへの指導の難しさと工夫について触れた一説を紹介します。(写真撮影:黒澤崇/提供:辰巳出版)
※本記事は聖澤諒著『弱小チーム出身の僕がプロ野球で活躍できた理由』(辰巳出版刊)より一部抜粋・編集したものです。
子どもとの距離の縮め方とは? コーチも勉強の日々
「ちびっ子達が楽しそうに野球をやっているな」
スタジアムの一塁側スタンドの裏手にある室内練習場。そこでは引退した選手達が楽天イーグルスアカデミーのコーチとして子ども達に野球を教えていました。
僕は現役時代からその様子をチラチラと見ていて、「引退したら自分も子どもに野球を教えたいな」とぼんやりとですが、その頃から考えていました。
ならば、あとは行動するだけです。戦力外通告を受けた数日後。僕は球団事務所に足を運び、「アカデミーで指導をすることはできないですか?」と自分から球団にお願いをしました。こうして僕は2019年から楽天イーグルスアカデミーで子ども達に野球を教えることになりました。セカンドキャリア、第二の人生のスタートです。
当時スクールには5・6歳クラス、小学1年・2年生クラス、小学3年・4年生クラス、小学5年・6年生クラス、中学生クラス(硬式)があり、宮城だけでもスタジアム室内練習場を含めた4校、その他に東北全県でも開講しており、僕は中学クラスも含めた全てのクラスを担当しています。
東北は隣の県といっても東京と神奈川のようにすぐに電車で行ける距離ではないので移動だけでもかなり大変です。青森校へは新幹線で移動して泊まりになりますし、秋田校へも移動は車で片道3時間以上かかるので泊まりになります。
岩手校、山形校、福島校への移動は車で日帰りになりますが、一番大変なのが岩手校です。21時まで指導して、そこから車で2時間30分かかりますから帰宅はいつも24時近く。現役時代以上になかなかハードな生活を送っています。
楽天イーグルスアカデミー全体では14人のコーチがいて、僕のような元楽天の選手だけではなくアマチュア野球出身のコーチや、小学校の教員免許を持っているコーチ、中・高の保健体育の教員免許を持っているコーチ、体操教室で教えていたコーチなどいろんな経歴を持ったコーチがいます。そういったコーチが各クラスでどのように指導をしているのか?最初は研修として3カ月、勉強させてもらいました。
ちなみに楽天イーグルスアカデミーのコーチ陣は、定期的に専門家を招いて小さい子どもにどのように教えるのが良いのか、子どもとの距離の縮め方、子どもに人気のあるコーチは何が違うのかなど、日々勉強し続けています。
まずは挨拶、声を出そう
練習前には全員整列して大きな声で挨拶を行っています。「まずは挨拶から」「大きな声を出すことが大事」なんて話すと精神論に聞こえるかもしれませんが、そうではありません。
なぜかと言うと「野球は声を出すスポーツ」ということを意識させる必要があるからです。試合でフライを捕るときが分かりやすいと思いますが、大きな声で誰が捕るのかを指示を出す、自分で捕るなら大きな声を出してアピールすることが大事になります。
「大きな声」は野球のプレーに必要なことですし、ぶつかって怪我をすることの回避、自分の体を守ることにもつながります。
ですが、ランニングやウォームアップで「イチ、ニー、サーン」と大きな声を出すことを恥ずかしがる子がとても多いのです。大きな声を出そうと思えば出せるけど、そのことと野球が上手くなることのつながりがまだ理解できてない。
どうしてもボールやバットを使った練習をやりたがり、「声」を疎かにしてしまいがちになります。練習で大声を出さなくても試合で出せるのであればいいのですが、そういう子は今まで見たことがありません。練習で大声が出せない子は試合でも出せないのです。
「練習のときから大きな声を出すことも練習の一つ」「まずは挨拶から大きな声で言えるようになろう」と根気強く言い続けていますが、ただ何度も言うよりも、子ども達の心に届くタイミングを逃さずに言うことが大切です。
ノックをしているとき、野手の間に上がったボールをお見合いして落としてしまったり、声は出しているけど相手が気付かずにボールを投げてもらえなかったり。そういうときは絶好のチャンスです。プレーを止めてすかさずこう話します。
「相手に聞こえなかったら声を出しているうちに入らないよね?」
「こういうときに大きな声が出ないから、練習前の挨拶やアップのときから大きな声を出す練習をしているんだよ」
こういうプレーが実際にあったときに話すことで、子ども達も聞く耳を持ってくれますし、納得してくれるようになります。逆に言えば、子ども達が聞く耳を持ってくれるタイミングがくるまで、聞く体勢ができるまで教える側は何度も言い続ける必要があるということかもしれません。小学生を指導するのは本当に根気が必要です。
子どもにわかる言い方に変換することで伝わる
プロで経験してきたこと、培ってきたことをそのまま子どもに教えてもまず伝わりません。どういう言葉で伝えれば子どもの心に届くのか? そこは言葉を選びながら学年ごとに慎重にやっています。
特に技術面では「ここをもっとこうしなさい」と直接的に指導するのではなく、頭のなかでその子にも分かりやすい言葉に変換させてから指導するようにしています。
例えば、極端なダウンスイングをしている子がいたとして、それをレベルスイングで振らせたいと思ったときに「バットが上から出ているからもっと水平に振るようにしなさい」そんな直接的な言い方をしても、子どもは理解して修正できるわけではありません。
そうではなく「ちょっと天井に向かって打つ感じで振ってごらん」そんな言い方に変換してあげれば子どもにも分かりやすいですし、スイング軌道がちょっとレベルスイングに近づくようにもなるのです。
(大学時代の恩師の)竹田監督は「指摘は簡単だけど指導するのは難しい」とよくおっしゃっていました。僕もそこは常に意識しています。
この子にはどんな言葉で伝えるのが良いのか、その子にあった「魔法の言葉」をプレゼントする気持ちで子ども達に向き合っているつもりです。言葉一つでその子を伸ばしてあげられる、そんな指導者でありたいと思っています。
弱小チーム出身の僕がプロ野球で活躍できた理由(聖澤諒、辰巳出版刊)
中学校時代の同学年のチームメイトは5名で公式戦では1 回戦コールド負け、公立高校でも同学年は2名で練習試合はほとんど勝てず…。
元東北楽天ゴールデンイーグルスの聖澤諒氏はプロ野球選手とは思えない経歴にもかかわらず、盗塁王や外野手無失策記録、WBC代表候補、そして球団初の日本一では中心選手として活躍した。本書籍はそんな聖澤氏の激レア野球人生を振り返るとともに、そこに至るまでの「考え方」に迫った一冊です。