子どもをSNSトラブルから守る法律の話 ネット上で人やお店を中傷すると、どんな罪になる?
インターネットは、いまでは必要不可欠の社会的インフラですが、それだけにトラブルも多くなっています。
SNSに軽い気持ちで書き込んだことで、取り返しのつかない事態を招いてしまうことも。
近年、小中学生のスマホ所有率も上昇し、心配な親御さんも多いのではないでしょうか。
ネット上で人やお店を中傷すると、どんな罪になるのでしょう? 中央大学法学部教授の遠藤研一郎著『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』から紹介します。
※本稿は、遠藤研一郎著『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(大和書房)から一部抜粋・編集したものです。
ネット上で人やお店を中傷すると、どんな罪になる?
インターネットは、いまでは必要不可欠の社会的インフラですよね。日本でも、とくに1990年代から急速に広まりました。
それまで、情報を一方的に受けるだけだった消費者が、だれでも発信できる存在へと変化したんです。私たちは、より自由な表現活動ツールを手に入れたということができます。
ただ、それだけトラブルも多くなっています。
ある民間会社が、SNSを利用している20〜60代の男女に対してアンケート調査をしたところ、「SNSで他人から誹謗中傷されたことがある」と回答した人が17.5%でした。他方で、「SNSで他人を誹謗中傷したことがある」と回答した人も7.0%となっています。
「炎上」、なんて言葉もありますよね。匿名性のある「ネット世論」は本当の世論ではない、ということもよく指摘されていますが、それでも、攻撃を受けてしまった人は(炎上するのをわざと狙っているのでない限り)、「名誉」などを傷つけられ、苦しい思いをします。
最近、人気のバラエティ番組に出演していた女性にSNS上で誹謗中傷が集まり、その方が自殺するという事件が起きてしまいましたね。軽い気持ちで書き込んだことで、取り返しのつかない事態を招いてしまうのです。
それは、企業に対してでも同じです。今回の事例でも、シュリさんがお店に対して、ちょっと過激とも思える内容の書き込みをしていますね。
ネットを使って、企業と消費者がコミュニケーションを取ることができるのはおもしろいのですが、誹謗中傷は、そのお店の売り上げにも直結しますし、場合によっては倒産などに追い込まれることもあります。
匿名性、ゆがんだ正義感、罪の意識の欠如……。SNSには、一歩まちがえるとはまりこんでしまう、大きな落とし穴があるんです。
名誉って、何?
さて、だれかの言動で自分が傷ついたとき、「名誉が損なわれた!」と感じることがあると思います。では、ここでいう「名誉」って、そもそもどんなものでしょうか?
法的にいうと、人が社会から受ける客観的な評価のことを意味します。ちなみに名誉は、企業にも存在します。その人がエラいのかエラくないのか、その会社がすごいのかすごくないのかは、関係ありません。だれでも名誉は持ち合わせています。
ただし、自分が持っているプライドのようなものとはちがいます。「私ってイケてる!」と思っていたとしても、それは「名誉感情」であり、「名誉」ではありません。名誉とは、客観的に決まるものです。
そして名誉は、ときに、表現の自由(憲法21条)と対立関係になります。
自由に表現することは、憲法上で保障されている、だれにでも認められる大切な基本的人権のひとつです。
でも、だからといって、他人の名誉を傷つけるような表現も無制限に認められるわけではありません。とくに、情報がすぐに拡散するおそれがある最近の社会は、無責任で安易な情報の発信が、だれかの名誉をまたたくまに傷つけてしまう危険があります。シュリさんも、SNSへの投稿にはちょっと気をつけたいところですね。
“名誉を傷つける“という犯罪
では、もし他人の名誉を損なうことを発信してしまったら、何か罪に問われるんでしょうか?
刑法上で、「名誉毀損罪」というものがあります。次のような条文です。
この条文からもわかるように、“公然“と“事実を摘示“して人の名誉を毀損することによって、名誉毀損罪が成立します。
はい。では、“公然“とはなんでしょうか?
これは、「不特定または多数の人が、知ることができる状態にある」ことを意味します。かんたんにいうと、「大勢の前で」ということです。
ただし、たとえ伝えた相手が特定されていたり、少数だったりしても、そこからさらに他者に広がっていく可能性があれば、“公然“であるとされることもあります。ただのウワサ話をしていただけのつもりでも“公然“であると判断される場合もありますし、とくにSNSへの投稿は、あっというまに拡散する可能性が高いため、公然性が認められやすいのです。
じゃあ、“事実を摘示“するとは、どういうことでしょうか?
かんたんにいうと、「こんなことがあった」などと示すことをいいます。“事実“といっても、必ずしも“本当のこと“である必要はありません。つまり、ウソの内容であっても、そういうウワサがあるということでも、“事実の摘示“になりえます(そもそも名誉毀損に関しては、ウソの情報をいうほうが悪質ですよね)。
今回の事例でも、シュリさんは、お店で15分くらいしか待たされていないのに「30分も待たされた」と書き込んだり、お店に変な虫などいないのに「変な虫がいた」と書き込んだりしていますね。これも“事実の摘示“にあたります。
意見や感想は別もの
ちなみに、一見すると社会的評価を下げるような内容であっても、それが、単に“意見“や“感想“にすぎない場合には、別に考える必要があります。
たとえば、今回の事例でいえば、「ここの食事はマズい!」とか、「店員の接客態度が悪い!」という書き込みは、(それだけでは)単なるその人の感想であり、事実の摘示ではありません。「いや、おいしいよ!」とか、「いや、接客態度いいよ!」といった、他の人の別の意見・感想もあり得るのです。
ですから、通常、名誉毀損にはあたりません。これまで犯罪になってしまったら、私たちは、自分の思ったことを自由にいえなくなってしまいますからね。
罪に問われないケースがある
また、“公然“と“事実を摘示“して名誉毀損をしたとしても、表現の自由を保障するために、それを罰しないこともあります(刑法230条の2)。どういうことでしょうか? ポイントは、「公共性」「公益性」「真実性」の3つです。
つまり、その事実に「公共性」があり、また、「公益目的」からなされたものであれば、それが「真実」である限り、責任に問われません。
ちょっとややこしいですね。どういうことかというと、たとえば、「公的な存在である政治家が、特定の会社から不正なお金を受け取った」という記事は、選挙人である国民の「知る権利」に強くつながるものです。
そのため、記事がちゃんとしたものである限り、表現の自由・報道の優先が保障されて、罪に問われないのです。
また、摘示した事実が「真実」だと証明できなかったとしても、摘示した事実が真実であると信じたことについて過失がないときには、責任には問われません。
……またしても、ややこしいですね。つまり、匿名取材で取材元は明かせないので、あとでそれが真実だと証明することがむずかしくても、ちゃんと注意して取材したということがわかれば、責任を免れます。
たとえ名誉毀損にならなくても
そうそう。いままでの説明は「名誉毀損」に関することでしたが、じつは、名誉毀損以外にも、似たような犯罪類型があります。
条文
刑法231条【侮辱】
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
刑法233条【信用毀損及び業務妨害】
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
たとえば、「侮辱罪」です。侮辱罪は、公然と他人を侮辱することによって成立する犯罪です。事実の摘示がなくとも成立するという点で、名誉毀損罪とはちがいます。たとえば、大勢の前で名指しで「クズ」とか「生きる価値がない」とか、ののしったりすると侮辱罪になります。
また、「信用毀損罪」というのもあります。名誉毀損罪が「名誉」に対する犯罪であるのに対し、信用毀損罪は「信用」に対する犯罪です。ここでいう信用とは、おもに経済的な面での社会的評価のこと。たとえば、ウソと知りながら、「このお店は、倒産寸前です」などという情報を流したら、信用毀損罪が成立する可能性があります。
罪に問われるだけでなく損害賠償も
また、名誉毀損は「刑事的責任」だけでなく、「民事的責任」の対象にもなります。つまり、被害者は加害者に対して、「不法行為に基づく損害賠償」(民法709条)を求めることができるということです。
刑事訴訟と民事訴訟は、別々の訴訟です。そこで、加害者は、たとえ刑事責任に問われなくとも、民事責任には問われる可能性があります。とくに民事上は、「名誉」だけではなく、先ほど出てきた「名誉感情」も保護の対象になります。
たとえば、「死んだほうがいい」、「ブサイク」、「気持ち悪い」、「ストーカー野郎」など、社会通念上、許される限度をこえるような表現を使って過度に攻撃すれば、損害賠償責任を負わなければならなくなるかもしれません。
また、民事訴訟では、場合によっては裁判所から「名誉回復処分」(民法723条)を命じられることがあります。これは? 名誉毀損があったときに、被害者の名誉を回復するために必要な措置をおこなうことです。具体的には、謝罪広告文の掲載などですね。
プライバシーってどんなもの?
あと、もうひとつだけ。SNSでよくトラブルになるものとして、「プライバシー」の侵害がありますね。
プライバシーとは、簡単にいうと、“他人から無用な干渉を受けずに、秘密にしておきたい事柄のこと“を意味します。だれにでも、他人に知られたくない秘密はあるもの。その領域にズカズカと勝手に入り込んで、一般的に知られていないことを無許可で他人に暴露してしまえば、それは、プライバシー侵害。社会的評価が下がったか否かに関係なく、知られたくない自分の事柄を暴露されてしまったら、プライバシー侵害になるんです。
名誉毀損と同様、プライバシー侵害もまた、損害賠償の対象です。SNSを通じて軽い気持ちで、だれかのプライバシーにかかわることを発信しないように、注意したいですね。
ネットで中傷を受けたときの対処
では、もしみなさんが誹謗中傷を受けたなら、どうすればよいか。
X(旧Twitter)に悪口を書かれてしまったり、YouTubeでウソの情報を流されてしまったり、住所や氏名などがさらされてしまったり……。
このような場合には、まず、サイト管理者に対して投稿の削除を請求する必要があります。ネット上の情報は、削除しなければそこに残り続け、どんどん拡散してしまう可能性があるからです。
また、情報の発信者(誹謗中傷をしている人)を特定する手続きをとることも考えられます。もちろん、ネットには匿名性があり、だれが誹謗中傷をしているのかを特定することは簡単ではありません。
でも、サイト管理者に対する「IPアドレスの開示請求」と、インターネット接続プロバイダに対する「発信者情報の開示請求」によって、特定することは可能です。とくに最近は、「プロバイダ責任法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)」が改正され、よりスムーズに被害者のことを助けられるように、発信者情報の開示についての新しい手続きがつくられています。
加害者が特定できれば、損害賠償請求をしたり、刑事告訴をして処罰を求めたりすることにつながります。
『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(遠藤研一郎著/大和書房)
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