なぜ日本で「代理出産」が認められないのか? 不妊と向き合う夫婦が選択できる家族のカタチ
自分で産むことは難しいけれど、「子どもをもつ」ことをどうしても諦めきれない…。でも、日本では「代理出産」は認められていません。
親子になるということは、法律上どういうことなのでしょうか? また、子どもをもち、育てるにはどのような選択肢があるのでしょうか?
“子どもを授かる“という形について、中央大学法学部教授の遠藤研一郎著『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』から紹介します。
※本稿は、遠藤研一郎著『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(大和書房)から一部抜粋・編集したものです。
「子どもをもつ」選択肢の話
このごろ、“生殖技術がどんどん発展している“という感覚は、読者のみなさんのあいだでも共有されているのではないでしょうか。
たとえば、卵子を女性の身体から切り離すことができるようになったのは、すごく画期的なことだったと思います。これによって、 子宮のなかで人工的に受精をさせる「人工授精」だけでなく、「体外受精」や「代理出産」が技術的には可能になりました。
いままでできなかったことがどんどんできるようになっていくなかで、子どもを授かるための選択肢も増えていますね。
現在、日本では、不妊治療と向き合っている夫婦が少なくありません。キミコさんも、不妊治療をがんばってこられたようですね。
ところで、不妊治療は、高額な費用がかかることでも知られています。たとえば、「体外受精」は1回あたり平均で50万円程度。しかも1回で成功する保証はなく、一般的な夫婦にとっては、かなり高額です。それでも、「どうしても子どもを授かりたい」と願う夫婦は少なくありません。
日本産婦人科学会によると、平成30年に体外受精で生まれた子どもは、約5万7000人。いまや、およそ16人に1人が体外受精で生まれた子どもともいわれています(※1)。
その一方で、「産んだけど育てられない親がいること」や、「児童虐待が決して少なくないこと」も、社会的に問題となっています。生みの親のもとで育つことができない子どもたちがたくさんいるのです。
そんななかで、“子どもを授かる“という形について、いろいろと模索する時代に突入しているような気がします。
(※1)日本産科婦人科学会によると、2022年に国内で実施された体外受精で生まれた子どもは、77,206人となっており、過去最多を更新しているとのことです。生まれてきた子の9人に1人に相当します。本書を書いた時の数字(16人に1人)よりも格段に増えています。
日本では、「代理出産」は認められていない
さて、冒頭で、「代理出産も技術的には可能となっている」とお話ししましたね。
みなさんは、「代理出産」について知っているでしょうか?
代理出産とは、「妻の代わりに別の女性(代理母)に子どもを妊娠・出産してもらい、生まれた子どもを依頼者が引き取る」というものです。
代理出産とひと言でいっても、その内容や方法にはいろんなものがあります。
たとえば、「依頼者である妻の卵子と夫の精子を体外受精させて、できた受精卵を代理母に移植して妊娠・出産をする方法」があります(ホストマザー)。
また、「代理母となる女性の子宮に人工授精で夫の精子を注入して、妊娠・出産する方法」もあります(サロゲートマザー)。
では、いま日本で代理出産は認められているのでしょうか?
結論からいってしまうと、現時点では認められていません。法の整備がなされておらず、日本産婦人科学会が平成15年に公表した見解でも、代理出産をハッキリと否定しています。
見解(の抜粋)は下段のとおりです。
海外では、どうなんでしょうか? 代理出産を積極的に認める国もあります。たとえば、北米、中南米、ロシア、ウクライナなど。
そこで、日本人の夫婦でも、体外受精などの不妊治療がうまくいかなかったとき、仲介する団体の支援を受けながら、外国で代理出産を依頼する例も少なくありません。
母親は、だれになる?
じゃあ、もし日本人の夫婦が海外で代理出産を選択したとして、その依頼女性は、生まれてきた子の親になることができるのでしょうか。
まず、日本の法律のなかに、母親と子どもの関係がどのようにして成立するのかを直接的に規定したものはありません。
どういうことかというと、最高裁(昭和37年4月27日判決)によれば、「出産という事実により母子関係は当然に発生する」と理解しています。つまり、子どもを産んだ人がその子の母親だ、と考えているのです。
ですから、たとえ依頼者夫婦の卵子と精子による受精卵であっても、出産をした人(代理母)が別にいるときは、依頼者の女性を法律上・戸籍上の母として届けることはできないんです。そこで、依頼者は、生まれてきた子とのあいだで、(のちほどご説明する)普通養子縁組や特別養子縁組を結ぶことになります。
この考え方について、みなさんは違和感をおぼえますか?
依頼した夫婦の卵子と精子なら、遺伝子上は、その夫婦こそが子どもとつながりがあるんじゃないでしょうか? 代理母はお腹(子宮)を貸してくれたにすぎず、依頼した夫婦こそが、子どもの誕生をいちばんに願っているんじゃないでしょうか。
でも、最高裁は次のようにいうのです。
判決文なので、ちょっとカタい表現が並びますね。でも、内容はそれほどむずかしくありません。
ようは、「親子関係は単に個人的な問題ではなく、社会全体に関わることであり、また、子どもの福祉にも深く関わること」。だから、「一義的に明確な基準」によって「一律に」決めなければならない、としています。
そのうえで、ちゃんとしたルール(法律)がない限り、(裁判官の判断で)遺伝子上の母を法律上の母と認めることはできないのだ、としています。
なんで代理出産を認めていないの?
「じゃあ、さっさと代理出産を正面から認める法律をつくればいいんじゃないの?」と思うかもしれません。
でも、いまでも、代理出産に全然問題がないわけではないといわれています。いったい何が問題なんでしょうか?
いろんな理由が挙げられますが、とくに、女性を「子どもを産むための道具」にしていないか、という点に疑問をもつ意見が多いです。
そもそも、代理出産の契約をするときには、依頼する方も依頼を受ける方も、どちらも納得しておこないます。当事者が合意しているんだから、一見すると何も問題ないようにも思いますよね。
でも、全体を見渡したとき、代理母を申し出る人の多くは貧困層であり、依頼者の多くは富裕層なのです(代理出産を試みる場合、一般的に、日本円で数百万円から数千万円の費用がかかります)。その立場が統計的に逆転することはありません。
それでも自由な意思による約束といえるのか、という疑問がつきまといます。代理出産は、女性の人権にかかわる問題なんです。
また、代理出産は、ときに複雑な関係をもたらす危険があるともいわれています。
たとえば、代理母が急に、生まれてきた赤ちゃんに愛着が湧いて、「赤ちゃんを手放したくない!」といい出したら? 最初からルールを決めておけばすむ話でしょうか。
また、生まれてきた赤ちゃんに障がいが見つかり、依頼者が受け取りを拒否したら? トラブルのなかで生まれてくる子どもを愛してくれる人はだれなのでしょうか。
子どもの福祉を考えたときに、代理出産は、必要以上に複雑な家族関係をつくり出してしまう可能性があるのです。
では、不妊と向き合う夫婦のために、法律は無力なんでしょうか?
ここでの分岐点は、その夫婦にとって、「血のつながり」「遺伝子のつながり」がどれだけ重要か、ということです。
みなさんにとって、親子で血がつながっていることは、譲れない一線ですか?
もし、絶対に重要というわけではないのであれば、さらにいくつかの選択肢があります。ちょっと見てみましょう。
「育ての親」制度
まず、「里親(特に、養育里親)制度」というものがあります。
これは、夫婦が、未成熟な子どもを預かって(原則的に18歳までです)、親に代わって一時的または継続的に養育するというものです。
親が生まれた子どもを育てられなかったりすると、場合によって児童養護施設で育てられることになりますが、より家族(親子)に近い環境で育てるためのしくみです。
預かる期間は、基本的には、実親の元で暮らすことができるようになるまでとされていますが、期間はまちまちで、長い場合は成人になるまで続くケースもあります。
里親になることで、法律上の親子関係が生まれるわけではありませんが、「育ての親」になるのです。里親になるための年齢制限は(上限・下限とも)とくにありません。里親登録をすることで、児童相談所などからの委託によっておこなわれています。
「養子縁組」という家族のカタチ
さらに、もうひとつ。民法には、「血がつながっていなくても親子関係を認める制度」があります。それが、「養子縁組」という制度です。キミコさんも、養子縁組という選択肢を教えてもらったようですね。
とくに日本では、これまで、血がつながっていなくても法律によって結びついた親子関係は、重要な役割を果たしてきました。
日本で昔から多くの割合を占める養子は、婿養子を中心として、家の承継や親の扶養を目的とする「普通養子縁組」です。
しかしそれと並んで、実の親から養育してもらうことがむずかしい未成年の子どもを対象とした、「特別養子縁組制度」があります。家のための養子縁組ではなく、子どもの福祉のための養子縁組ということですね。
特別養子縁組は、生みの親との親子関係を消滅させて、新たに特別養子縁組を結ぶ親とのあいだに親子関係を成立させるものです。
特別養子縁組を一度したら、普通養子縁組とは異なり、基本的に離縁は認められません。一生親子のままです。つまり、強い親子関係がつくられるということです。
特別養子縁組を仲介する機関としては、行政機関である児童相談所や民間団体があります。
たとえ自分で産むことがむずかしくても、子どもをもち、育てる選択肢は存在しています。
『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(遠藤研一郎著/大和書房)
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