こどもが大人の歩調に合わせるのは無理ゲー? 「2歳でWALK」で検証してみた

大人の足で5分の道も、小さなこどもと一緒に歩くと倍以上かかることがあります。つい急かしたくなってしまいますが、そもそもこどもにとって、「大人の歩調に合わせて歩く」ことはどれだけ難しいことなのでしょうか。
こどもになって大人と一緒に歩く感覚を味わえる「2歳でWALK」を通じてわかった、その「無理ゲー」具合をご紹介します。
※本稿はこどもの視点ラボ 著『こどもになって世界を見たら?』(トゥーヴァージンズ)から一部抜粋・編集したものです。
こどもになって大人と一緒に歩いてみたら、「無理ゲー」だった
お話を伺った先生:田中沙織 九州産業大学 人間科学部 子ども教育学科 准教授
レポート担当:石田文子 斧涼之介
こどもと歩いていると、まったく前に進まない!
すぐに立ち止まってしゃがんでは何か拾ったり葉っぱをむしったり。目的地には一体いつ着くんだろう……と気が遠くなり、だんだんイライラしてきて「ほら、早く! 」と急かしてしまった経験があるママパパも多いのではないでしょうか?
でも大人とこどもでは足の長さがまったく違う。もしかしてこどもは頑張って早く歩いているのかも? と思った私たちは、こどもの歩行について研究してみることに。
「幼児の歩幅」についての既存データが見つけられなかったため、自分たちで測定するところから始めました。被験者はラボメンバーの梅田真希子と娘のTちゃん(2歳2カ月)です。なるべく自然に歩いてほしいので、裸足の足裏を水で濡らし、その足跡を計測するという手法をとりました。
大人の歩幅は、2歳児の約2.2倍だった!
歩幅の測定結果はTちゃんが平均33センチ、梅田ママが平均72.6センチ (両者とも5歩分の平均値で算出)。梅田ママと同等身長のラボメンバー女性2人、2歳児2人でも測定を行い、大きな誤差がないことを確認し、梅田親子の結果を採用することに。

大人の歩幅は2歳児のなんと約2.2倍! 数値化しただけでも、なんだかこどもに無理を強いている感じがヒシヒシとしてきました。さて、実際に大人がこどもになって2.2倍の歩幅を体験するとどんな感じなのでしょう? ランニングマシンを使用し、梅田ママが普段歩いている速度を測定。それを2.2倍してみます。
驚愕! 大人がゆっくり歩いても、こどもにとっては時速7.7キロ!?
梅田ママがひとりで自然に歩くときの速度
4.0km/h × 2.2 = 8.8 km/h
こどもに合わせてゆっくり歩こうとしたときの速度
3.5km/h × 2.2 = 7.7 km/h
※他のラボメンバー女性2人でも測定し、同様の速度感で相違ないことを確認。
なんと! こどもに合わせてゆっくり歩いているつもりでも、こどもにとっては時速7.7キロ!? 早歩きぐらいかと思ったらランニングレベルなのですが! 次にプロジェクターに巨大な大人が歩く姿を投影。その背中を追ってついて行く設定で、時速7.7キロでの歩行を体験します。しかも「ほら早く早く、急いで。もうちょっと早く歩けない?もう置いていくよ!」という“急かしセリフ”つきです。こんなに頑張ってついて行ってるのに……と、ガンガン歩くママの無慈悲な背中を見て泣きそうになってきました。数分で「これキツいかも」「ちょっと一旦、止めてください」となる始末。自然に歩く速度、時速8.8キロでも体験してみましたが、いやいやいや、無理。大人の速度について来いというのは、こどもにとって間違いなく「無理ゲー」です。
この結果を持って私たちは、九州産業大学で乳幼児の身体活動や運動についてさまざまな研究をされている田中沙織先生にお話を伺いました。

斧:田中先生は生活や保育場面での幼児の歩行について研究されていますが、この歩行体験についてどう思われますか?
田中先生(以下、先生):とても興味深いし、面白い実験ですね。まず水に濡らした足跡を測定したところ。こどもって、どこを歩くかでだいぶ歩幅が変わってくるので、自然な環境下で測定されたというのがとてもいいと思いました。でも、幼児って実際はもっともっと歩くのが遅いですよね。
斧:といいますと?
先生:こどもってすぐに立ち止まるじゃないですか。10歩歩いて1回止まるくらいの感覚。進んだと思ったら戻ったりもする。
石田:確かにそうですね。
こどもは10歩に1回は立ち止まるのが当たり前!?
先生:ですから「立ち止まる」「戻る」などのこどもの特性を加味しないということであれば、この実験は平均的なスピードがとれているんじゃないかと思います。大人がこどもと歩くときにストレスなく歩ける速度も時速3~3.5キロくらいかな、と直感的に思いました。
石田:実際にはこどもに合わせようとして時速3.5キロくらいで歩いては、こどもを待って立ち止まり、また歩き出す、ということかな、と思います。
先生:そうですね。実際の感覚ではこどもにとって「大人の歩行」はもっともっと速いんじゃないかと思います。こどもは大人と違って、歩いている間にも見たいものがたくさんあるので。
斧:近所を歩いているだけでですか?
先生:はい。例えばこんな実験があります。大人にチンパンジーの絵を見せるとチンパンジーと分かった瞬間に、見るのをやめてしまいました。視線が動かなくなってしまうのです。でも乳児に同じ絵を見せると、チンパンジーの顔を見分けようとして関心をもってじっと見続けました。※1
大人は木や葉っぱだと分かった瞬間に関心が止まるのですが、こどもにとってはそれらが興味の対象なんです。なので、こどもにとっては当たり前ではないものを「なんだろう」と関心を持って見ているのにそ気持ちを引、のきずったまま連れていかれちゃう。そういう意味では、こどもの体感的には「大人の歩行」はもっと速いんじゃないかと思います。
石田:なるほど! 確かに大人にとっては当たり前でも、こどもにとってはまだ当たり前じゃないものばかりですよね。
先生:大人だって何か見たいものを見つけたときに、急かされるのは嫌ですよね。
斧:先生が幼児を研究されてきた感覚だと、先ほどおっしゃっていた10歩歩いて1回止まる、くらいが普通ですか?
先生:年齢や環境によりますが、実験対象となっている2歳児については体感的にそうですね。あと、大人が5分で行ける距離は20分くらいかかる感じかと。
石田:こどもと一緒だと移動に4倍の時間がかかる! ということですね。まさにうちのこどももそうでした。10分で行ける保育園まで40分くらいかかってましたね。実際1時間以上かかることもあって泣いてました、私が(笑)。
先生:眠くて機嫌が悪い場合などは本当に進みませんからね。
石田:先生がおっしゃるように「こどもは10歩歩けば1回止まるもの」「5分で行ける距離に20分かかる」と最初から思っておけば、少し心構えができそうです。
※1 Olivier Pascalis, Michelle de Haan, Charles A Nelson , ‘Is face processing species-specific during the first year of life?,’DOI: 10.1126/science.1070223 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12016317/
『こどもになって世界を見たら?』(こどもの視点ラボ 著/トゥーヴァージンズ)
こどもの気持ちがわかる“12の研究”を収録!
「赤ちゃんの頭はどれほど重い?」「こどもの時間はなぜ長い?」「泣くしか伝える方法がないって、赤ちゃんはどんな気持ち?」
本書では、発達心理学や時間学など、さまざまな分野の有識者の見解を交えながら体験&開発した、こどもに関する12点の研究をまとめて収録。
著者は「大人がこどもになってみる」をコンセプトに、こどもの研究を発表して話題を呼んでいる「こどもの視点ラボ」です。
目からウロコの子育て新常識をはじめ、クスッと笑えたり、育児の悩みが和らいだり。読めば読むほど、こどもの気持ちがわかる、こどもにやさしくなれる一冊です。