両親は東大卒、娘は? 推薦入試を選んだ東大工学部卒110キロYouTuber・うさねこらーじさんの受験体験

吉澤恵里
2026.03.26 16:21 2025.03.26 11:45

うさねこらーじさん

両親ともに東大卒。桜蔭中学校・高等学校から東京大学理科一類に進学し、現在はエンジニアとして活躍する一方で、YouTubeチャンネル「うさねこらーじ」として自身の受験体験などの発信を続ける、うさねこらーじさん。

今回は、幼少期から受験、東大生活に至るまでの「勉強との向き合い方」や、「どうすれば勉強が”苦ではなく楽しいもの”になるのか」について、お話を伺いました。(取材・文/吉澤恵理)

東大卒の両親が育ててくれた「理系的な感覚」

――ご両親ともに東大卒というのは驚きです。どのような家庭で育ったのでしょうか?

両親ともに東京大学理科一類の出身です。父は博士課程を経て大学教授に、母は修士課程修了後に企業に勤め、結婚後は専業主婦になりました。どちらかといえば教育熱心でしたが、勉強を強制されることはなく、放任だけどちゃんと見てくれているという、ちょうど良い距離感だったと思います。

――日常の中で、理系的な思考が育つきっかけはありましたか?

父は東大入試の数学で満点近くを取ったと聞いていて、私も理系が得意なのは遺伝的な要素があるのかなと思っていますが、父に関していくつかエピソードがあります。

子どものときの自転車の練習では、ペダルを外してバランス感覚を先に養う方法を父が考案して、数日で乗れるようになりました。

小学校でクラス替えをしてもずっと同じクラスの友達がいたことについて、「珍しいよね」と話したとき、父が6年間同じクラスになる確率を計算して、数値的に示してくれたことがあるんです。そういった体験が、自然と理系的な感覚を育ててくれたように思います。

幼少期は祖父母と。お稽古から広がった知的好奇心

うさねこらーじさん

――どんな幼少期を過ごされたのですか?

1歳から小学校入学までのあいだ、母の実家で母と祖父母と一緒に暮らしていました。4歳くらいから、ピアノ、バレエ、茶道、お能などのお稽古ごとを始めました。両親がバレエやお能の舞台に私を連れて行って、「興味を持たせよう」という下心があったと思うんですが、私は素直に「やりたい!」になってしまって(笑)

――お稽古ごとは長く続きましたか?

ピアノは小3まで続けましたが、あまり練習せず先生にあきれられていました。お能は、親戚の結婚式で鶴亀という演目を披露して喜ばれたのが思い出に残っています。ただ、先生が引っ越されたことでやめてしまいました。

「勉強が楽しい」と感じた原点は母から褒められたこと

――勉強を始めたのはいつ頃でしたか?

小学校に入る前には九九を覚えていましたが、勉強した記憶はあまりなく、生活の中で自然に覚えた感じです。小1から小3までは公文式で算数と英語を学びました。問題が解けると母や先生が褒めてくれて、それが嬉しくて「勉強って楽しい」と思えました。

――好奇心が勉強のモチベーションになっていたんですね。

そうですね。それから、松任谷由実さんの歌が好きで、よく歌詞カードを見ていましたが、出てくる漢字を読めなくて、調べてふりがなをふったりしていました。「知りたい」という気持ちが勉強につながっていたと思います。

小4でSAPIXへ。最上位クラスで受験を駆け抜ける

――中学受験のきっかけは?

小4のとき、両親から「塾のテスト受けてみる?」と誘われたのがきっかけです。いくつかの塾のテストを受けて、SAPIXでは上から2番目のクラス、他の塾では最上位クラスでした。SAPIXに入塾し、次のテストで最上位クラスに上がり、中学受験までずっとそのクラスに在籍していました。

――SAPIXの宿題は大変だったのでは?

確かに量は多かったですが、怒られない程度にやるという自分なりのペースでこなしていたので、それほどつらいとは思いませんでした。

桜蔭中学受験の決め手は「化学系の部活」

――志望校はどのように決めましたか?

桜蔭の学園祭に行ったとき、化学系の部活が充実していて面白そうだなと思いました。理科の中でも特に物理が好きだったので、桜蔭に決めました。滑り止めに渋幕(渋谷教育学園幕張中学校)と江戸川学園取手も受験し、すべて合格。渋幕と江戸取は特待生でした。

――受験勉強は苦しくなかったですか?

知識が増えるのが楽しかったですし、受かるという自信もあったので、つらいという感覚はなかったです。

ゼルダ、ポケモン…桜蔭中時代はゲームに没頭、成績も下降?

うさねこらーじさん

――桜蔭入学後はどうでしたか?
周りは本当に優秀な子ばかりでした。入学当初は上位にいましたが、一時期ゲームにハマってしまい、成績が平均くらいに落ちた時期がありました。あるとき先生から、「あなたは平均ですね」と、あきれたような口調で言われたのが少しショックでした。

――何のゲームにハマっていたのですか?
『ゼルダの伝説』や『ポケモン』などRPG系が好きで、夜寝ないでゲームしていたこともあります。ですが、このままではいけないと思い、高校では1日1時間までと制限し、勉強をしたらすぐに成績も回復しました。

鉄緑会でも上位。戦略的に「怒られない程度」を貫く

――塾や予備校には通っていましたか?

中一の10月から、鉄緑会に数学と英語だけ通っていました。鉄緑会では、授業の進度が速く、学校の内容は簡単に感じるほどでしたが、宿題も多かったです。

学校の休み時間に宿題をしている人もいましたが、私は怒らない程度にこなすというペースを守っていました。中学で成績が落ちた時期を除けば、英語は1番上のクラス、数学は2番目のクラスでした。

東大推薦入試を選んだ理由は?

――東大推薦入試を選んだ理由は?

私が受験する3年前から東大の推薦入試が始まっていたこともあり、高3の春、両親に「推薦も考えてみたら?」と提案されたのがきっかけです。河合塾や駿台の東大模試では毎回、成績優秀者に名前が載っていたので、一般入試でも合格の自信はありましたが、推薦を受けることにしました。

――推薦用の準備はしていたのですか?

いえ、もともと意識していなかったのですが、中3から科学オリンピックに毎年出ていたことや、自作ゲームをネットで公開していたことが評価されました。好きでやっていたことがそのまま推薦に必要な条件を満たしていたという感じです。

「できた!」という体験が、勉強を楽しいに変えていく

――ご自身の経験から、「勉強が苦にならない子」に育つ秘訣があれば教えてください。

小さい頃に「できた!」という成功体験があったことが、勉強を楽しいと思えるようになったきっかけだと思います。親に褒められたり、知ることを喜べた瞬間が積み重なって、自然と前向きに学ぶ姿勢が育ったのだと思います。

「今はとにかく楽しい」。その感覚を、これからも大切に

――現在はエンジニアとして働きながら、YouTubeも運営されていますが、今後の展望は?

特に大きな目標はないですが、今の仕事もYouTubeも楽しいので、好きなことを深めながら、これからも発信を続けていけたらいいなと思っています。

吉澤恵理

吉澤恵理

1969年生まれ、1992年東北薬科大学卒業。薬剤師として長年医療に携わった経験から医療領域、また教育領域を得意とするジャーナリスト。メディアでの執筆、連載やTV出演など多数。プライベートでは、結婚、妊娠、出産、離婚、介護と様々な経験を経て、現在4人の子を育てるシングルマザー。