家庭環境が子どもの性被害リスクに影響? 5つの要因を小児科医が解説
加害者が子どもを狙うとき、容姿や性格ではなく「環境」を見ているという事実をご存知でしょうか。アメリカの調査では、貧困・ひとり親・家庭内暴力など5つの家庭環境要因が、子どもの性被害リスクを高めることが判明しています。
なぜシングルマザーを狙う男性がいるのか。どんな子も被害に遭う可能性があるとはどういうことなのか。家庭環境と性被害の関係、そしてリスクを下げる「つながり」の重要性について、小児科医 今西洋介先生の著書よりご紹介します。
※本書は、今西洋介著『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)より一部抜粋、編集したものです。
リスクが高い子どもの家庭環境
性暴力に遭いやすい子はいるのか。お子さんを育てる人たちにとっては、気になることだと思います。ではまず、被害者になりやすい子ども、と聞いて浮かんでくるイメージを挙げてみましょう。やはり目立つ容姿の子でしょうか。それとも、年齢より大人びた雰囲気だったり、ちょっと不良っぽかったりする子でしょうか。警戒心がなく、大人の言うことを素直に信じてしまう子でしょうか。
わが子を、危ない目に遭わせたい人などいない、と私は信じています。そんなみなさんに、「どんな子も性被害に遭う可能性はある」と伝えるのは、とても勇気がいることです。
しかしこれは、誤解を招く言い方でもあります。加害者はいったい何を見て、その子どもをターゲットに定めるのか。ターゲットとは、実にイヤな言い方ですが、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章あき佳よしさんが長年、加害者臨床に携わっきた経験をもとに著した『「小児性愛」という病│それは愛ではない』(ブックマン社)によると、実際に罪を犯した加害者らはそういう言い方をするそうです。
彼らが見るのは「どんな子か」ではありません。容姿や雰囲気がまったく関係ないと言い切れないところはありますが、加害者はそれだけで狙いを定めるわけではありません。世界的な小児性暴力の研究では、被害者の容姿やパーソナリティにほとんど注目していません。重視しているのは、その子がどんな環境に置かれているかです。
アメリカの所得動行パネル調査によると、小児性被害のリスクが高まる家庭環境は以下のとおりでした。
・ 貧困
・ 親の学歴が低い
・ ひとり親
・ 家庭内暴力がある
・ 親の薬物乱用
ここに「ストリートチルドレン」を加える統計もあります。日本では、親子そろっての、あるいは子どもの路上生活は思い浮かべにくいかもしれません。定住する家がなく、路上で生活する子どもは、とても弱い存在です。食べ物や寝場所のために性被害を引き換えにするしかなかったり、大人と一緒に自治体や支援機関などに保護され、その大人から性被害に遭ったりするという、痛ましい現実があります。
ただし、こうした疫学調査の結果を見るときには、注意が必要です。性被害に遭った子どもの背景を探ったところ、ひとつには「ひとり親が多い」という因子が見つかった……それだけのことだからです。「シングルで子どもを育てる人は、子どもに性的虐待をする」という意味でも、「シングル家庭なら、子どもは必ず性被害に遭う」という意味でもありません。たとえば、肺がんの危険因子は「たばこ」であることはみなさんもご存じでしょう。とはいえ、喫煙者が全員、肺がんになることはないですし、喫煙者でない人も肺がんになります。
ここで考えるべきは、「この危険因子から何が見えてくるか」です。箇条書きにした家庭環境にしても、路上生活にしても、子どもたちにとって、社会的なサポートが著しく欠如しているケースが多いです。子ども自身が取り残されていることは間違いありませんが、親もまた困った状況に置かれているでしょう。人とのつながりが薄かったり、困ったときに助けてくれる友人や家族が身近にいなかったりすると、社会のなかで孤立しやすくなります。
親の学歴が低いと仕事で十分な収入を得られにくく、貧困に陥るリスクが高くなります。父親も母親も長時間労働の仕事に就く傾向があり、必然的に子どもだけで過ごす時間が長くなると、そこにつけ込む加害者がいます。2023年には大阪で、ひとりで留守番している児童を狙い、家に押し入って性加害をした20代の男が逮捕されました。被害児童はわかっているだけで10人にのぼります。
またシングル家庭では、親のパートナーにあたる人物と一緒に暮らす頻度が高くなります。子どもへの性暴力の加害者として多いのが家族です。そのなかでもトップは実父で、養父や親のパートナーがそれにつづきます。家庭内での子どもへの性的虐待は多くの場合、それ単独では行われません。身体的虐待や暴言などの精神的虐待、ネグレクト、それから自分が直接暴力を受けていなくてもほかの家族への暴力を日常的に目撃する“面前DV(家庭内暴力)“などが複合して行われます。家庭のなかに暴力があれば、性的虐待が発生するリスクも高いといえるのです。
シングルマザーに近づく男性の目的
2023年に、シングルマザーを対象としたマッチングアプリのリリースが発表されました。女性で登録できるのは、シングルマザーのみ……これがSNSで大炎上して、アプリ自体が配信停止となりました。私は小児科医として日ごろから多くのお母さんたちと接します。シングルで子育て中の方もたくさんいます。彼女たちから聞こえてくるのは、「マッチングアプリやSNSで知り合った男性に娘のことを話したら、異様なほどの関心を示すので怖くなった」という話です。私はシングルマザーの団体の支援をしていますが、そこのお母さんたちからも「女児の母親は、男児の母親と比べてモテる」「子どもの性別をやたら聞いてくる男性がいる」といった話が出てきます。
シングルマザーの親子を支えてくれる男性も世の中にはいるでしょう。きっと、そちらの割合のほうが高いのだと思いますし、子連れ再婚、再々婚で大人も子どもも幸せな家庭を築いている場合も少なくありません。しかし残念ながら、子どもを目的にシングルマザーに近づく男性もいるのです。騒動となったアプリには、女性が登録するときに子どもの性別や年齢を記入する欄がありました。大人同士が出会うときに、必ずしも伝えておかなければいけない情報ではないと思います。「特定しない」「設定しない」も選択肢にありますが、欄があること自体、認識の甘さがあらわれています。こういった情報を加害者に与えることで、小児性加害を誘発していると思われてもおかしくありません。危惧した人たちがいたのは、当然のことだったのです。
家庭や、子どもを取り巻く環境が健全な状態ではなく、改善の必要があるとしても、それを理由に性加害をしていい理由にはなりません。悪いのはそこにつけ込む加害者です。しかし、いま説明したように家庭環境と小児性被害には一定の因果関係が見られます。その因果関係を断ち切ることで、「性被害に遭いやすい子ども」を減らすことはできるはずです。そのために有効なのが、「つながり」であると私は考えます。
親も子どもも多くの人とつながっていれば、加害者は近づけません。個人的に人に助けを求めやすくなるというだけでなく、地域のつながりが被害を未然に防ぐのに大きな役割を果たします。いわゆる“ご近所さん“の目があれば、加害者は子どもに声をかけにくいです。加害者は常に死角をチェックし、子どもが人目のないところに行くタイミングをうかがっています。家庭内の暴力についても同様に、つながりが被害を防ぐ力になります。物音や雰囲気で近所の人が気づくケースは少なくありません。
リスク因子は、たしかに家庭のなかにあります。だからといって、個々の「家庭だけの問題」とするのは、問題を矮小化しているにすぎません。社会の目や手が入れば、家庭内にある因果関係を断ち切れます。そもそも家庭“内“が性暴力の現場になっている場合でも、家族だけでそれを予防、または解決するのは、至極むずかしいと思います。
小児性被害のリスク要因としてほかに、子ども自身の身体障害や学習障害、精神的な問題が挙げられます。子どもの脆弱性を利用して加害するのが、小児性暴力の加害者なので、脆弱性が重なるほどにリスクが上がると見ることもできます。
親としては子どもが性被害に遭うことなど考えたくもなく、「うちの子は大丈夫」と思いたいのもわかります。しかし、どんな子も何かしらの原因で孤立するようなことがあれば、それはリスクにつながります。だから、「どんな子も性被害に遭う可能性はある」といえるのです。
今西洋介著『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)
1日に1000人以上の子どもが性被害に遭っている――。(厚生労働省調査 令和2年度、推定)
小児科医「ふらいと先生」がエビデンスベースで伝える、まだ知られていない小児性被害の「本当」と、すべての大人が子どもを守る方法。
旧ジャニーズ性加害問題などによって、世間の関心をますます集める子どもへの性暴力。
実際、性被害に遭う子どもは多いの? 少ないの? うちの子は大丈夫?
被害を受けた子は何か「サイン」を出すの? 心と体にどんな「傷」を負う?
結局、子どもを守ったり助けたりするには、どうすればいいの?
医療・育児インフルエンサー「ふらいと先生」として知られる小児科医がエビデンスにもとづき、誤解も多い小児性被害の実態や、パパ・ママから先生まで大人のみんなができる「予防法」を、やさしく伝えます。
大人が小児性被害の「真実」を知れば、大切な子どもを守れる!