「水を一緒に飲まない?」 性被害から子どもを守る“同意“の授業

今西洋介
2025.09.25 12:18 2025.10.06 11:50

コップで水を飲む女の子とママ

水の入ったコップを手に、「一緒に飲まない?」とクラスメイトに声をかける子どもたち。「いいよ」「ありがとう、でも飲まない」「いまは飲みたくない」…それぞれが自分の意志をはっきりと表明し、先生から「よくできたね!」と褒められます。

日本では見たことのない光景に感動したという、小児科医の今西洋介先生(ふらいと先生)。この一見シンプルな授業が、なぜ子どもの性被害防止につながるのでしょうか?
今西先生の著書より解説します。

※本書は、今西洋介著『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)より一部抜粋、編集したものです。

「水を一緒に飲まない?」の同意学習

水を飲む男の子

予防のピラミッドの最下段、「一次予防」についてお話ししましょう。一次予防は、一般市民を対象にした広範な啓発です。これが予防の、まさに土台になっていると考えてください。土台がしっかりしていてこそ、二次予防・三次予防も効力を発揮します。

予防のための啓発には、子どもに向けたものも含まれます。子ども自身が性暴力とはどういうものかを理解するということです。知っておけば避けられた被害に遭うほど、悔しいことはないでしょう。年齢が低いほど被害認識をもちにくいという話を再三にわたってしてきましたが、不快なことをされたのだと子どもなりの言葉で大人に伝えられれば、少なくとも被害が継続することは回避できますし、すぐにケアにつなげられます。不適切な関係や接触を知るには、人との適切な関係の築き方や接触の仕方についても理解しておく必要があります。

つまりこれは、性教育です。性教育が小児性暴力の予防にいかに効果的であるかは後述しますが、ここでは、大人も子どもも包括的性教育という、世界水準の性教育を受けられていない日本の現状を、みなさんと共有しておきたいです。

社会は変わらなければいけません。刑法の性犯罪規定が改正されて、小児性暴力を取り巻く現状も少しずつ前進しているとは感じます。でも、その歩みが速いとはいえず、こうしているあいだにも新たな小児性暴力の被害者が出ているであろうことを考えると、非常にもどかしい気持ちになります。

子育て中のみなさんが、「もっと具体的にできることを知りたい」と思うのは当然のことです。社会の予防が追いついていないのであれば、子どもを守る最前線に立つのは、どうしても親・保護者になります。

私は、小児性暴力の最大の防御は包括的性教育だと考えています。これは、先ほどお話しした、社会で取り組むピラミッドの一次予防にあたりますが、家庭で、いますぐにはじめられるというのも大きなメリットだと思います。

アメリカでは、性教育と性暴力予防の相関性について、エビデンスがあります。学校ベースの性教育プログラムに関する30年間の研究218件を複合的に検証した文献レビューにより、包括的性教育は小児性暴力だけでなく、親密なパートナー間のデートDV防止にも効果があり、さらに健全な人間関係の構築、社会情動的学習の向上にも役立つことがわかりました。包括的性教育が適切に実施されれば、性暴力を含む、性の健康に関する幅広い問題に対処するのに効果的であると、結論づけられたのです(※1) 。

日本の性教育が世界水準を大きく下回っていると私が実感したのは、渡米後に三女を通わせる保育園を探し、見学したときのことでした。ちょうど子どもたちが「同意」について知るための授業が行われていました。

当時4歳の娘も参加したところ、水が入ったコップを渡されました。それを持って教室内を歩き回り、クラスメイトに「お水を一緒に飲まない?」と話しかけるのです。それに対して、「いいよ」「一緒に飲もう」と承諾する子もいれば、「ありがとう、でも飲まない」「いまは飲みたくない」などときっぱり断る子、「この子と飲んでから、あとで一緒に飲もう」と返す子もいます。みんな自分の意志を示しつつ、「YES」と「NO」を相手にはっきり伝えていました。しかも、それができると先生が「よくできたね、自分の意志を表明するって大事だよ!」と褒めてくれるのです。

日本では、見たことのない光景でした。私自身の子ども時代をふり返っても、長女と次女の育児を思い返しても、一度もありません。昨今は同意あるいは性的同意という言葉をよく見聞きするようになりました。誰かと何かをするときに、相手がそれを積極的にしたいという意志があることを「同意」といい、その何かがセックスほか性的行為であれば「性的同意」です。同意は人と人とが関係をつくるうえでの基本なので、幼いころから身につけておくのが理想です。包括的性教育として世界中で実践されているものは、この授業のように本質的で、しかも子どもの年齢・発達に合わせてわかりやすいものなのだと、感動すら覚えました。

日本では、特に目上の人に対して「NO」を言わないように教えられます。「先生の言うことを聞きなさい」もそのひとつです。学校という場で先生と生徒ははっきりとした上下関係にあり、そのなかでNOの意志を示すのは特にむずかしいでしょう。けれどそれも、ある意味“慣れ“だと思います。というのも、アメリカの保育園の授業では、先生たちも水入りのコップを持っていたのです。「先生と飲みたい」という子もいたのですが、先生は「いまはお腹いっぱいだから、いらないよ」と答えていて、逆に先生から「一緒に飲もう」といわれた子も「自分は○○ちゃんと飲みたいから、先生とは飲まない」と答えていました。そうして、「先生にもNOを言っていいのだ」「そのNOは尊重されるべきものなのだ」と実体験をもって身につけていく。そうすると、NOを言うことに慣れていくのではないかと思わされました。

子どもの「NO」を受け止め、育てる

窓の外をみる女の子

被害に遭いそうなときの子どもが取るべき基本行動は、「NO、GO、TELL」といわれます。NOは前述したように、相手が自分のプライベートパーツを見たり触れたり、あるいは相手のプライベートパーツを見せられたり触らせられたりしたときに、イヤだと意思表示をすることです。それでも相手がやめなければ、GO=逃げるです。そして、TELL=親や保護者をはじめ信頼できる大人に伝える─。これら3つの行動をしてもいいんだと子どもに伝えることが重要です。アメリカの学校教育プログラムでは、危険な状況を見極める・加害者の接近を拒否する・かかわりを断つ・助けを求めるなどのスキルを、子どもに教えます。子どもの開示を促し、自責の念を減らし、傍観者を動員することが目的です(※2)。ただ、これ自体に被害を最小限にするというエビデンスがあるかというと、研究段階では実証されていないので、解釈に注意が必要です。

親が性のことを話題にするのに抵抗がある─たとえば性器の名称を口にできなければ、プライベートパーツの説明はできません。小児科の外来では「おまた」「たまたま」などと、子どもにもわかりやすいよう言い換えますし、家庭でもまずはそれでいいと思います。けれど、子どもが知りたがったときに言い淀よどんだり隠したりすれば、子どもには性に対するタブー意識が伝わってしまいます。プライベートパーツのことを理解していない子どもは、NOを言うべきときがわかりません。逃げる判断もむずかしくなります。

そして、性へのタブー意識は、子どもが性のことを家庭内で話題にしづらくなるという負の効果があります。複数の研究が、「セックスがタブーである」という認識が広まっていると、家庭で子どもたちが性についてオープンに話し合うことに対して大きな障壁を生むと、明確に示しています(※3)。被害を受けたとき、よくわからないながら、そして言語化できないながら、「これは性的なことである」と直感している子もいます。それを親の前で話すことへの抵抗もあります。そうなると、性被害の開示は期待できないでしょう。

また、性被害だという認識のないまま、子どもが被害について言及することがあります。その訴えを聞き逃したり、取るに足らないこととして退けたり、あるいは𠮟ったりすると、子どもは二度とそのことについて口にしないでしょう。子どものなかで「人を信頼する」という感覚も育ちません。

子どものNOを受け止めるというのも、ぜひ家庭で実践してほしいことです。NOを聞いてもらえないことがつづくと、子どもは「自分のNOには力がないんだ」「NOを言っても無駄だ」と思い込んでしまいます。そんな子が、性被害に遭いそうなときにNOを言えるでしょうか。自分のNOを抑えてしまうのではないでしうか。自分より大きくて、力のある相手にNOを言うのは、勇気がいる行為です。それは大人も同じでしょう。NOを言っても𠮟られたり嫌われたりしないという自信が、いざというときの力強いNOを育てます。NOへのハードルを上げるのは、子どものためになりません。

そうした意味でも、先述した同意の授業はよくできていると思います。「いま、君と水を飲みたくないんだ」「○○ちゃんと飲みたいから、またね」は、たしかにNOではあります。でも、「水を一緒に飲むことへのNOであって、君のことが嫌いなわけじゃない」と伝えることは子ども同士でもできるのです。

こうしてみると、性とは日常生活のなかで知り、学び、身につけていくものだとわかります。日常のコミュニケーションのなかで培われてこそ、いざというときに子どもは「「NO、GO、TELL」を実行できるのでしょう。

※1:Galdfarb ES, et al. J Adolesc Health 2021;68(1):13-27.
※2:Finkelhor D. Future Child 2009;19(2):169-94.
※3:Bennet C. J Res Nurs 2019;24(1):22-33. / Ndugga P, et al. BMC Public Health 2023;23(1):678.

今西洋介

新生児科医・小児科医、医学博士(公衆衛生学)、小児医療ジャーナリスト、一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。1981年、石川県金沢市生まれ。国内複数のNICUで診療を行う傍ら、子どもの疫学に関する研究を行っている。また、「ふらいと先生」の名でSNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として提起。エビデンスにもとづく育児のニュースレターを配信している。3姉妹の父親。趣味はNBA観戦。現在は米ロサンゼルス在住。

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小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害

今西洋介著『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)

1日に1000人以上の子どもが性被害に遭っている――。(厚生労働省調査 令和2年度、推定)
小児科医「ふらいと先生」がエビデンスベースで伝える、まだ知られていない小児性被害の「本当」と、すべての大人が子どもを守る方法。

旧ジャニーズ性加害問題などによって、世間の関心をますます集める子どもへの性暴力。
実際、性被害に遭う子どもは多いの? 少ないの? うちの子は大丈夫?
被害を受けた子は何か「サイン」を出すの? 心と体にどんな「傷」を負う?
結局、子どもを守ったり助けたりするには、どうすればいいの?
医療・育児インフルエンサー「ふらいと先生」として知られる小児科医がエビデンスにもとづき、誤解も多い小児性被害の実態や、パパ・ママから先生まで大人のみんなができる「予防法」を、やさしく伝えます。

大人が小児性被害の「真実」を知れば、大切な子どもを守れる!