3歳児の足がくさくてショック! 「大人なみのニオイ」に親の反応は【うちのアサトくん第1話】
3歳のかわいい息子の足から、「父親の使用済み靴下」のような異臭が…
その事実をなかなか受け入れられない両親のリアクションとは?
小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。
※本稿は『PHPのびのび子育て』2019年6月号から一部抜粋・編集したものです。
※写真はイメージです。
足のニオイだけ大人に!?
「なあ、もうそろそろ大丈夫じゃない?」
「だめ。指のすき間まで、念入りにやってよ」
「もう、におわないけどなあ」
「まだ、かすかにするって。ほら、洗い残しのないように気合い入れて!」
この会話の10分前、とてもショッキングなことが僕ら夫婦に起きていた。
テレビを見ていた妻が急に鼻をスンスンと鳴らし始め、こう言ったのだ。
「ねぇ。なんかくさくない?」
僕も気になっていた。さっきから、たまに酸っぱいにおいが鼻をスッと撫でていくのだ。
僕らのあいだを、河童のハンドパペットを小脇に抱えた3歳の息子が走り抜けた。キッチンとリビングを行き来し、河童を踏んだり叩いたりして遊んでいる。
スンスン。妻が鼻を鳴らす。
「ねぇ。アサトかも、くさいの」
「ええっ?」
だとしたらショックだ。これはたぶん、足のにおいだ。それも、けっして3歳の子どもからにおってはいけないにおい――酸いも甘いも嚙み分けた大人からするにおいだ。
たとえるなら「父親の使用済み靴下」。家族から必要以上に忌み嫌われ、よくベッドの下や洗濯機の裏に片方だけ落ちている、あの哀しい物体。それと同レベルのスメルをわが子の足が放っているなんて……。これがショックでなくてなんであろうか。
信じられない。信じたくない。まるで夏みかんの房のような、あの小さくて愛らしい足が、こんな攻撃的なにおいを発しているなんて。
「パパの足ってことはない?」
唐突に、妻が僕を疑ってきた。いつもならムッとするところだが、この時ばかりは、ぜひそうであってほしいと願いながら、自分の足をつかんで鼻先に持っていく。
――まあ、くさくないこともない。同種のにおいではあるが、でも問題となっているにおいとは少し方向性が違う。ということは。
「ママの足のほうも嗅」――ビンタされた。
自分のにおいが原因で両親が険悪な雰囲気になっていることなんて知らないアサトは、飽きたのかベッドに河童を放り込み、パソコンでアンパンマンの玩具の動画を見始めた。うつ伏せの姿勢で足をパタパタさせ、そのパタパタで送られてくる風が酸っぱい。
もはや疑う余地はない。アサトを抱えて風呂場に飛び込んだ。
どういうわけか、洗っても洗っても、まだにおう。もう10分以上は洗った。
「まだうっすら、酸っぱい気がする」
息子をスンスンしながら、妻が悲しそうな目を僕に向ける。僕も悲しい。息子からは、何歳になっても石鹸やミルクのにおいがしていてほしいのだ。わが子の成長は嬉しいが、足のにおいだけ大人になられても困る。
その後、息子の足を年相応のにおいに戻すため、あらゆるケアを試みようと話し合った。ネットで調べると雑菌、汗、爪垢が足のにおいの原因になるとある。爪を小まめに切る。足専用の石鹸を使う。通気性重視のシューズを買い、消臭インソールを入れる。息子の足のにおい対策を妻がメモ用紙に箇条書きしていく。
「ん?」
妻は顔を上げ、鼻をスンスンと鳴らす。
「くさくない?」
――ほんとだ。また、強めの酸っぱいにおいが鼻を撫でた。
妻と僕は同時にアサトを見る。アサトは河童の頭の皿をペシペシと叩いている。――ん?
よく見ると、河童は口に黒いなにかをくわえている。僕は青ざめた。
それは、ここ最近ずっと行方不明になっていた、僕の靴下の片割れだったのだ。
疑ってしまったことを息子に謝った後、僕は足のケアをすることを妻に誓わされた。