保育園でロッカーに閉じこもった自閉症の娘 心配ばかりの日々で母が見た変化

蓬郷由希絵
『どうにかなるっちゃ 知的障がいのある自閉症児ゆいなの母の記録』(KADOKAWA)より
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高校生の「ここな」さんと、自閉症と重度知的障がいがある中学生「ゆいな」さんの2人の娘がいる蓬郷由希絵さん。ゆいなさんが保育園に通っていた頃、打ちのめされる日々もあったといいます。

ロッカーに閉じこもった娘と向き合いながら、由希絵さんは何を感じ、どう乗り越えてきたのでしょうか。子育てで心折れそうになっているすべての親・家族に、「大丈夫だよ。」と伝える、由希絵さん初エッセイからご紹介します。


※本稿は、『どうにかなるっちゃ 知的障がいのある自閉症児ゆいなの母の記録』(蓬郷由希絵/KADOKAWA)から一部抜粋・編集したものです。

ロッカーに閉じこもり!─ゆいな、保育園に入る

『どうにかなるっちゃ 知的障がいのある自閉症児ゆいなの母の記録』(KADOKAWA)より

一般的には、ゆいなのように知的障がいがある自閉症の子が通うのは、療育支援をしてくれる療育園だと思います。ここなの通う近所の保育園が、ゆいなを快く受け入れてくださったため、2歳から姉妹で通うことができました。その頃、私は近所で事務員のパートをしていたので、ここなは保育園に通っていたんです。

ゆいなは、いとこ姉妹とここなと4人、同じ扱いで育ってきました。ゆいなは配慮はされながらも特別扱いされることはなく、「順番だから待って」と子ども同士の当たり前のコミュニケーションの中育ってきたのです。地域の子どもたちとも、同じように同じところで育って何の問題があるだろうか、という気持ちが一貫してあります。

世の中にいろいろな人がいるのは確かな事実で、多様な人々が互いに関わり合って多様な体験をしていくことが自然であり、健やかな社会だと思うのです。

とはいえ、入園当初は心配なことばかり。みんなと一緒の行動ができるとは思っていませんでしたが、それどころか最初はずっとロッカーに閉じこもっていたのです。そんな絵に描いたような自閉があるかっとツッコんでいる場合ではありません。給食もほとんど食べられず、フルーツと味噌汁を少し口にする程度。ひやひやしっぱなしでした。

ようやくロッカーから出てきたと思ったら、お昼寝の時間に庭を駆けまわったり、おもちゃを独占したり、延々水を出して眺めたり。本に書いてある通りの行動ぶり。

療育と保育園の間の伝書鳩

ゆいなにとって保育園が楽しいところになってきたのは、私もゆいなも療育に意義を見出し始め、保育士さんに「こうしてみてください」と手だてを伝えられるようになってからだったのではないでしょうか。

保育園での困りごとを療育の先生に伝えて、「こんな動線にしてみて」と教わったことを保育園に伝える。私は療育と保育園の間の伝書鳩となりました。その都度対応してくださった保育園には本当に感謝しています。

予定を視覚的に伝えてくれたり、お昼寝はしなくても布団の上にいたらいいよとゆいなの好きなケーキのカタログを持たせてくれたり、柔軟に対応してくださいました。

一番の心配だった、ここながからかわれたりしないかということは、幸いにも取りこし苦労に終わりました。ただ、周りのお友だちは弟や妹と一緒に遊んでいるのに、「なぜここなはゆいなとは遊べないの?」とここなが疑問を持つようになりました。

「ゆいなはここなのこときらいなの?」「ゆいなとはもう遊べんの?」「しゃべれんの?」と聞かれたこともありました。

やりきれなかった。「ゆいなは成長が遅いから今はまだできないだけだよ」と説明 はしましたが、ここながかわいそうで仕方ありませんでした。

保育園でつらかったこと

保育園でつらかったのは、お迎えに行って、ゆいなの問題行動について報告されたとき。すぐゆいなに伝えて直せるわけではないため、もどかしかった。「わかりました、練習をします」と先生には言いますが、すぐにできるようにはなりません。半年も1年もかかるかもしれません。報告されるたび、打ちのめされて帰っていました。

また、ゆいながお友だちを叩いてしまい、ご自宅に電話をして謝ったこともありました。卒園までずっと、気を張っていたように思います。ここなのときはママ友もつくりましたが、ゆいなのときはあまりつくりませんでした。気持ちをわかってもらうのは難しいし、何か聞かれたら涙があふれてしまうかもしれない……。

ここなのママ友たちはすごく優しくて、ゆいなも遊びに誘ってくれました。けれど、結局みんなと一緒にいることはできずどこかへ走り出してしまうゆいな。それを追いかける私とゆいなは結局ふたりきりなのです。気を遣ったみんながこちらへ来てくれたりもするのだけど、申し訳なさでいっぱい。情けなさでいっぱいになってしまうのでした。

ここなとふたりでお出かけ

この頃の楽しみは、ここなとふたりでお出かけすることでした。ゆいなを育てることがしんどくて、しんどくて、ここなが心の支えでした。楽しそうに話すここなを見ながら、なぜゆいなは話せないのだろうと不思議で仕方ありませんでした。

ゆいなは灯りが抑えめの、暗めのお店が苦手です。せっかくみんなで楽しみに行ったレストランでも、ゆいなが嫌がれば入ることはできませんでした。ここなに我慢をさせなければいけない場面がたくさんありました。なるべくそうならないようにといくら思っても、どうしてもそういったことが出てきてしまうのです。

そのお店の前で入れずにいると、ほかの家族がお腹いっぱいになって笑顔で出てきます。家族みんなが悔しかったし、我慢していました。みんな、たたかっていた。だからこそ、ここなとふたりのときには「どこにでも行けるよ!」とめいっぱい楽しく過ごしました。

ゆいなも、卒園するまでにだいぶ変わっていきました。運動会で入場もできないような状態だったのが、年長さんでは鼓笛隊に入ることができました。ゆいななりに、成長していったのです。

どうにかなるっちゃ 知的障がいのある自閉症児ゆいなの母の記録

どうにかなるっちゃ 知的障がいのある自閉症児ゆいなの母の記録』(蓬郷由希絵/KADOKAWA)

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知的障がいを伴う自閉症児ゆいなちゃんの母、蓬郷(とまごう)由希絵さんの初エッセイ。
キャラも濃いけど、愛はもっと濃い。
子育てで心折れそうになっているすべての親・家族に、「大丈夫だよ。」と伝える希望の書。