日々“できる”が増える自閉症の息子 喜びの裏に潜む公園での恐怖体験とは?【うちのアサトくん第14話】

昆虫が苦手な黒史郎夫妻。しかしアサトくんは興味津々なお年頃。公園では笑顔で警戒を怠らない夫妻ですが…?
小説家・黒史郎さんが、自閉症の息子・アサトくんとの日常を描いたショートショート、「うちのアサトくん」をお届けします。
※本稿は『PHPのびのび子育て』2020年7月号から一部抜粋・編集したものです。
※画像はイメージです。
巨大バッタの災難
子は日々、成長する。
アサトは《できる》をどんどん獲得している。
以前までアサトは、取りたいものがあっても自分の手を使わず、妻や僕の手をクレーン代わりにして入手していた。それが最近は、自分の手を使って取ろうとしている。気になるものがあると、とりあえず手を伸ばすようになったのだ。
アサトに《できる》が増えるのは何よりうれしい。でも、同時に困ることも出てきた。
虫まで手に取ろうとするのだ。
いや、虫は困ります。
僕ら夫婦が蛾を恐れていることは以前にも書いたが、実は虫全般が苦手だ。理由をあげたらキリがないが、一番の理由は、と訊かれたら僕はこう答える。「もろさ」と。
そう。虫はもろい。手でちょっと払っただけで潰してしまう。薄い翅(はね)や細い脚は簡単に取れてバラバラになる。自らの手で、虫をそうしてしまったときの罪悪感たるや……。
アサトは虫がもろい存在だとは知らない。それにまだ、力の制御もできない。
だから、鉛筆や玩具をつかみ取るのと同じ力で虫を触ろうとする。つかもうとする。
子どもといっても虫からすれば恐ろしい巨人だ。その力は彼らを簡単にぺしゃんこにし、バラバラにする。そんな行為を息子にさせたくないし、そんなグロい光景も目にしたくない。
そういうわけで僕らは、アサトが虫と接触するのを全力で阻止していた。

ある暖かい日の午後だった。
僕ら夫婦は、久しぶりに近所の公園へ行って、はしゃぎまわるアサトを笑顔で見守っていた。
その笑顔の裏に、SPばりの警戒心を隠しながら。
なぜなら、公園には虫がいるからだ。
「だめよー、なんでも拾っちゃ(ひぃっ、蝶の死骸なんて拾わないで!)」
「こらこら、そっちに入っちゃだめだぞー(草むら! 虫の天国! いや、地獄!)」
笑顔で警戒中の僕らは凍りつく。
アサトの足から約30センチ先の地点に、緑色の細長いものがいる。それはピョンピョンと跳ねながら、アサトとの距離を縮めてきた。
バッタだ! しかも、サイズは※ベヒモス級!
※ベヒモス……旧約聖書の怪物。ゲームなどでは強く巨大なモンスターとして登場することが多い。
アサトの目はすでにバッタをとらえている。まずい! 触ろうと手を伸ばしている。
すぐさま妻がアサトの背後に回り込み、ぎゅっと抱きしめる。
「アーサト、つかまえたぁ(いかせはせぬっ、いかせはせぬぞ!)」
「あはは、ママにつかまっちゃったなー(グッジョブ! ママ!)」
「ねぇ、向こうでブランコしよっか? (退避! 退避!)」
ずるずると後ろに引きずられるアサト。バッタに伸ばされた腕はゆっくり下ろされる。
あきらめたのかと思いきや、彼の足が象の鼻ように振り上げられ──。
「ア、アサト? や……やめろぉー!」
ぺしゃ。
「「あっ……あああああ~」」
僕と妻から悲痛な声が漏れる。なんてことだ。思いっきり踏まれた。今、息子の靴の下ではバラバラになった緑の脚や翅がぁぁぁぁ……と悶絶していると。
靴の下から、緑色のものがよろよろと這い出てきた。
バッタだ。嗚呼、よかった! 生きてた!
僕らは胸を撫で下ろした。
ぼろぼろのバッタは、弱々しい跳躍で草むらのほうへと逃げていく。
「虫も大切な命。やさしくしてねって、教えてあげないとね」
妻の言葉にうなずいた僕は、新たな目標をもつ。
アサトに、大切な《できる》を育てよう。
命を大切に《できる》心を。





























