「手がかかる」「言うことを聞かない」……。その原因はもしかしたら、心の満たされなさかもしれません。

『保育士おとーちゃんの「叱らなくていい子育て」』の一部をご紹介します。

 

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子どもはみなひとつの「容れ物」を持っています。その大きさというのは、これはもう人それぞれなのです。おそらく生まれつきと言っていいと思うのですが、人によりその「容れ物」は小さかったり、とても大きかったりします。そしてどんな子も、この「容れ物」にたくさんのプラスのものを入れてからでなければ、マイナスのものは受け付けられないのです。

 

プラスのものとマイナスのもの

 

では「プラスのもの」とはいったいなにか?

 

それは親に優しくしてもらったり大切にしてもらったり、温かい声がけや関わり、楽しいコミュニケーションやスキンシップをしてもらったり、食べ物を食べさせてもらったり、おっぱいをもらったり、「かわいい」「すごいね」「上手だね」などの自分を肯定してもらう言葉を言ってもらったり、抱きしめてもらったり、心の余裕を持って絵本を読んでもらったり、歌を歌ってもらったり一緒に遊んで楽しい時間を過ごしたり......などなどなど、そういった子どもとしてうれしい喜ばしい経験のことです。

 

「マイナスのもの」とはなんでしょう?

 

それは叱られることや怒られること。我慢すること。誰かに頼りたい気持ちを抑えて自分でそれをなしとげることや、誰かに自分のものを譲ってあげたり、苦手なこと・新しいことに挑戦してみたりなどなど、です。

 

クッキーの缶をいっぱいにする

 

僕はこれをクッキーの缶でイメージしています。

 

子どもはみなそれぞれクッキーの缶を持って生まれてきます。その大きさは子どもによりバラバラです。それのサイズが小さい子もいれば大きい子もいます。でも初めはみんな空っぽです。

 

その子を周りの大人がかわいがってくれたり、その子を見て微笑んでくれたり、寂しいときに側にいてくれたり、甘えたい気持ちを受け止めてくれたり、何かできたとき誇らしげにしていると褒めてくれたり、そういうことをひとつしてもらうと、子どもの持っているクッキーの缶にはそのたびごとにクッキーが一個貯まります。それが缶の中にたくさんある子は、気持ちに余裕が持てて自然と笑顔になることも多いですし、なにかに取り組むのも前向きです。少ない子はなかなか余裕が持てません。前に進むことにも自信が持てません。ですから、その他のことよりクッキーを貰うことについつい必死になってしまいます。

 

多い少ないといっても、純粋な数ではなくて缶の大きさに対しての割合です。缶を振ってみると、もともと缶の小さい子は少しの量でもたくさん入っている手応えを感じられるでしょうし、缶が大きい子はたくさん入っていてすら心許なく感じてしまうこともあるでしょう。つまり、ちょっとの大人からのプラスの関わりで缶が満たされてしまう子と、たくさんのプラスの関わりが必要な子がいるのです。もちろん中くらいの子も多いです。その缶の大きさは本当にその子が持って生まれたものでまちまちなのです。それは個性ですから、小さいからいい、大きいから悪いというわけでもありません。そういうものなのです。

 

この缶にクッキーがいっぱいに入っている子は「満たされた」状態にあります。子どもらしく明るく無邪気で、なにかをするにも前向き、人の気持ちを考えてあげることができたり、優しくしてあげたりすることもできます。絵を措いたり、ダンスをして自分を表現したりすることにも臆せず取り組めます。集団で行動しなければならないときにも、自分を抑えて周りと足並みをそろえることもできます。もし、叱られたりしたときも、それが自分のために言われているということを理解することができ、それらを受け入れ反省することなどもしやすいのです。

 

クッキーの貯まっていない子は、そういったことを本人もしたいと思っていてすら、なかなかできないのです。

 

クッキーが貯まってから子どもは前に進む

 

保育園には0歳から6歳までの大勢の子どもたちがいます。そのなかには大人から見て「手のかかる子」や「大人の言うことを聞かない子」「他児を叩く子」「噛み付きをする子」などもいます。

 

こういった子どもに対して世間では、特に年配の人などは「しつけがなっていない」ということをよく言います。さらには、それを改善するために「もっとしっかりしつけなさい」「しっかりと叱りなさい」「言葉で言ってわからないならば叩いてでも教えなさい」といったことを口にする人も少なくありません。

 

しかし、これらの子どもにそのように厳しくすることで根本的に改善するということは、残念なことにほとんどありません。それをして最大うまくいったところで、いまその問題にフタをして解決を先送りにするか、その厳しい人の前でだけその姿を出さなくさせるだけです。

 

これらの子どもの多くは (発達上の問題や、個性の問題を除いて) ここで言う「満たされなさ」が根っこにあるものか、親が「いいなり」や「甘やかし」などの不適切な受容の関わりになってしまっていることが原因となっています。

 

「満たされていない子」をさらに厳しく叱ったり、叩いたりしたらどうなるでしょう。その子はさらに「受け止めてもらえない」という思いを強くし、親や大人全般に対する信頼感を減少させていき、自分に対する肯定感・自信をどんどん失っていってしまいます。

 

幼少期のそういったあり方は、そのときのその子どもの問題行動をさらに強めてしまいかねないだけでなく、その子どもの人格形成や人生に大きな影響を与えてしまいます。例えば、「親や大人全般に対する信頼感の減少」ということは、思春期から青年期頃には「社会に対する信頼感の低さ」という形でのしかかってきます。これはいま大きな問題となっているニートやひきこもりということとも無関係ではないでしょう。

 

「子どもは叱られたり、怒られたりしてこそ、まっすぐに育つ」ということを強調する人もいます。確かに長い子育ての中にはそういうことが必要になる場面もあるでしょう。しかしそれは基礎的なところで「満たされて」いてこそ初めて全に槻能することです。「満たされていない」 ことが原因で気になる行動が出ている子は、まだその段階には達していないのです。

 

僕は子どもの幼少期を通して、特に3歳くらいまでは、周りの大人からたくさんのクッキーをもらって、それを缶に貯めていく時期ではないかと考えています。 

 


 

【本書のご紹介】

 

保育士おとーちゃんの「叱らなくていい子育て」


『保育士おとーちゃんの「叱らなくていい子育て」』

お母さんたちに大人気のブログ『保育士おとーちゃんの育児日記』の著者が、子育てを単純に、楽しく変えるための具体的な方法を紹介。

 


【著者紹介】
須賀義一(すが・よしかず)

1974年生まれ。東京都江戸川区の下町に生まれ、現在は墨田区に在住。 大学で哲学を専攻するも人間に関わる仕事を目指して、卒業後、国家試験にて保育士資格を取得。 その後、都内の公立保育園にて10年間勤務。子どもの誕生を機に退職し、主夫業の傍ら保育、子育てについての研究を重ねる。 これまでの子育ての既成概念にとらわれない本当の意味で個々の子どもを尊重した関わり、子育ての仕方を模索。「叱らなくていい子育て」や「子育てを楽しくするための関わり方」などを提案している。 家族は妻と一男一女がいる。

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