どれだけ注意しても「忘れ物が多い子ども」の根本的な原因
特別支援教育とは「得意なことを伸ばし、苦手なことを少しでも改善して、生活や学習での困りごとを解決していく」ことを目的とした”全ての人にとって効果的”な教育です。
特別支援学校で教師として働く平熱さんが、「忘れ物が多い」というお悩みに、特別支援教育をもとにした対処法を語ります。
※本稿は平熱著『特別支援教育が教えてくれた 発達が気になる子の育て方』(かんき出版)から一部抜粋・編集したものです。
平熱(特別支援学校教師)
おもに知的障害をもつ子が通う特別支援学校で10年くらい働く現役の先生。小学部、中学部、高等部のすべての学部を担任し、幅広い年齢やニーズの子どもたち、保護者と関わる。「視覚支援」「課題の分解」「スモールステップ」「見えないところを考える」など、発達障害やグレーゾーンの子どもたちだけではなく、全人類に有効な特別支援教育にぞっこん。Twitterアカウント:@365_teacher
「できないことが多い」=「自立できていない」じゃない
わたしたちは、大人になるにつれ「身のまわりのこと」をなるべく自分でやっていかなければなりません。
ここで、大切なことを言います。何度でも言います。
だからと言って、なんでもかんでも自分で「できる」必要はないんです。自分で「できないこと」が多いことと「自立できていない」はイコールじゃありません。
生活をしていくうえで最低限「できたほうがいいこと」は「日常生活で触れる回数がとにかく多いスキル」がほとんど。つまり「身のまわりのこと」は「できたほうがいいこと」です。
「身のまわりのこと」を具体的にイメージする場合は、やはり「ひとり暮らし」で必要なことと考えるのがわかりやすいです。
もちろん、必ずしも「ひとり暮らし」がゴールではありません。
「ひとり暮らし」がむずかしくても、実家で生活したり、グループホームなどで生活したりするなど、いろんな生活の仕方があります。繰り返しますが、ひとり暮らしが「できない」からといって「自立できていない」わけではありません。
特別支援学校で学習する主な「身のまわりのこと」と言えば、
・身辺自立(着替え、排泄、食事、入浴など)
・家事スキル(料理、洗濯、掃除など)
・文字を読む
・文字を書く
・数字(お金)の理解や計算
・金銭管理
・困ったときの対処
・連絡ツールの使い方
・移動
・ルールやマナーの理解
などなど、これらはすべて「できたほうがいいこと」です。けれど、「できたほうがいいこと」はその子によってもちがうし、時代や環境によっても変わります。
ひと昔まえまで「できたほうがいいこと」だった「お札と硬貨を正確に数えて、買い物をする」は、今では「電子マネーをチャージして買い物をする」に置き換わりつつあります。
「文字を書く」ことはもちろん「できたほうがいいこと」ですが、メールやチャット機能が充実するにつれ「文字を書く」機会はどんどん減り、「文字を読む」ことができれば困らないことが増えました。
だから、「書く」「読む」を教えるバランスも変わってきます。「文字を書く」スキルを「タイピングができる」「フリック入力ができる」などのスキルに置き換え、日常生活での困りごとを少なくしていくことも大切です。
どの項目に関しても、最終的に目指すところは「ひとりでできる」ですが、「ひとりでできる」がむずかしいこともたくさんあります。
その場合、「ここまではできるけど、ここからはできない」「このままじゃできないけど、こんなサポートがあればできる」といった自分の「できる・できない」の線引きや扱い方を知っておけたらグッドです。人に伝えられたらグレイトです。
高いところにある本が取れなくても、背の高い人に頼んだり台の上に乗ったりすれば取ることができます。地図が読めなくても、人にたずねたりスマートフォンのナビアプリを使ったりすれば目的地までたどりつけます。
その子の性格、特性、得意や苦手、助けてくれる家族やサービス、そんなことを引っくるめて「できたほうがいいこと」の中から優先順位を決めましょう。そのリストの上から順に「できる」を増やし、濃くしていきましょう。
それでも「できない」ところは、代わりの手段を探したり、助けてもらう練習をすれば大丈夫。ひとつずつ考えて行動をしていけば、少しずつ、でも着実に、「自立」に近づくことができてくよ。
お弁当やプリントなど、学校に持っていくべきものをよく忘れてしまいます。
このお悩みを解決するためのアプローチはこのように「分解」することができます。
①用意しなきゃいけない「学校に持っていくべきもの」がわかっている
②それを自分で用意することができる
③用意できない場合、だれかに助けを求めることができる
④用意したものをカバンに入れるなどして、学校に持っていくことができる
●①学校に持っていくべきものがわかっているか
あたりまえに思いますが、意外と見落としがちな視点です。
「明日は学校になにを持っていくの?」に答えられない子に、忘れたことを注意しても意味がないので、「学校に持っていくべきもの」を把握(理解)するところからはじめましょう。
ひとりでむずかしい場合はまわりのサポートが必要です。言葉だけで理解できない、覚えられないなら、紙に書いてもいいし、イラストで視覚的に提示する、または、スマートフォンのアプリを使うなどの方法も検討しましょう。
●②自分で用意することができるか、③だれかに助けを求められるか
持っていくべきものがわかっていても、それが家のどこにあるのか、ひとりで用意できるかどうかがわかっていないと、持っていけません。
ひとりで用意できない場合は、用意のできる人に助けを求めることが必要です。「お弁当を持っていく」ことがわかっていても「お弁当を自分で用意することができない」のであれば、持っていくことはできないですもんね。
少しちがう学習にはなりますが、当日の朝「今日、学校にお弁当を持っていかないといけない」と言われても困ってしまうように「助けを求めるタイミング」も覚えていく必要があります。
●④用意したものを学校に持っていけるか
用意したものをカバンなどに入れ、忘れずに学校に持っていくために、まずは「物理的に」持っていくことを忘れない工夫を考えましょう。
大人も、よくやるじゃないですか。会社に持っていかなきゃいけないものを前日から玄関に置いておくとか、ドアノブに引っかけておくとか。
学校に持っていくカバンに入るものは前日に入れておく、入らないものは袋に入れてカラビナに引っかけておくなど、「意識」ではなく「物理的に」忘れる可能性を少しでも減らせる工夫をします。
チェックシートやスマートフォンなど外部ツールに頼る方法も探してみてください。「忘れた場合にどうするか」を事前に知っておくことも大切です。
特別支援教育が教えてくれた 発達が気になる子の育て方(かんき出版)
発達につまずきのある子どもたちと、そのまわりにいる大人のために、特別支援教育をベースにした「困った!」を小さくするヒントを凝縮。将来子どもが社会に出たとき、たくさんの人やサービスに助けてもらいながら、少しでも自立して生きるために必要なことを考える。