親が悪気なく行いがちな「子どもの脳を傷つける」しつけ

友田明美
2023.11.27 15:47 2023.12.15 11:50

駄々をこねる子

子どもに対して、強い口調で「早く!」などの言葉をぶつけてしまう親御さんは多いでしょう。これらは子どもにどのような影響を及ぼすのでしょうか。福井大学子どものこころの発達研究センター教授の友田明美さんが解説します。

※本記事は『PHPのびのび子育て』2021年5月号より一部抜粋・編集したものです

大人の何気ない言葉が子どもの脳を傷つける

泣いている子ども

学校へ行く準備や宿題などの勉強の取りかかりが遅いとき、お子さんたちに「早くしなさい!」とついつい怒鳴ってしまうことはありませんか?

日々、子どもに何気なくかけている言葉、とっている行動が過度なストレスとなり、知らず知らずのうちに、子どものこころ(脳)を傷つけてしまうことがあります。

親から言葉の暴力を受けることで、子どもの脳の大事な部分に「傷」がつく、つまり、「マルトリートメント(避けたい子育て)」が発達段階にある子どもの脳に大きなストレスを与え、実際に変形させていることが明らかになりました。

そして、これまで生来的な要因で起こると思われていた子どもの学習意欲の低下を招いたり、引きこもりになったり、大人になってからも精神疾患を引き起こしたりする可能性があることが分かったのです。

実際に、親から暴言を浴びせられるなどのマルトリートメントの経験を持つ子どもは、過度の不安感や情緒障害、うつ、引きこもりといった症状・問題を引き起こす場合があります。

「しつけ」のつもりでやった行為が、子どもの脳を傷つけることも

男の子

子どもの脳が傷つくのは「暴行」のケースだけにとどまりません。

「マルトリートメント」は、80年代からアメリカなどで広まった表現です。日本語では「不適切な養育」と訳され、子どもの健全な発育を妨げるとされています。

虐待とほぼ同義ですが、「子どものこころと身体の健全な成長・発達を阻む養育をすべて含んだ呼称」であり、大人の側に加害の意図があるか否かにかかわらず、また、子どもに目立った傷や精神疾患が見られなくても、行為そのものが不適切であれば、それはマルトリートメントと言えます。

例えば、ニュースで報道される「児童虐待」は、ひどい暴行や性的虐待などが伴った極端なケースであることが多いでしょう。

しかし マルトリートメントには、しつけと称して脅したり、暴言をぶつけたりといった、心理的な虐待も含まれます。つまり、日常生活の場面において起こりうるものなのです。多くの大人が、自分は児童虐待と無関係だと思って見過ごしている可能性があるのです。

【これらもマルトリートメントに当たります】
・ 言うことを聞かないのでつねる
・ 他の子やきょうだいと比べる
・ 常に親に従うことを強要する
・「うちの子は××もできない」と人格否定する
・ 親がスマートフォンに夢中で、子どもと関わらない 

脳が傷つくとどんなことが起こる?

男の子とブランコ

子ども時代に暴言を受けると、どのような弊害が現われるのでしょうか。私たちのこれまでの研究で、小児期のマルトリートメント経験と「傷つく脳」との関連がわかってきました。

たとえば、両親からの言葉の暴力など精神的マルトリートメントを受けると、脳の聴覚野が肥大します。これは、脳が傷つくことから「自分を守ろう」とする防衛反応だと考えられています。

そして暴言を浴びせられた子どもは、言葉の理解力などが低下し、心因性難聴にもなりやすいのです。子ども時代に暴言を受けたため、正常な脳の発達が損なわれ、人の話を聞きとったり、会話したりすることに、余計な負荷がかかるようになった可能性があります。

また、たとえば、身近な大人の暴言や暴力を繰り返し見聞きするときも、脳の「視覚野」が萎縮するというデータがあります。そして、目から入る情報を最初にキャッチする力・記憶する力が弱くなる、知能・学習能力が低下する可能性が指摘されています。

傷ついた脳を治すことはできる?

ソファーに突っ伏す女の子

一度傷ついてしまった脳は、回復できるのでしょうか?

マルトリートメントを受けた子どもでも、早い段階で暴言などがない安心できる環境になり、専門的なこころの傷の治療やケアを受けることができれば、脳の傷は回復していきます。

子どものケアで重要な視点は、子どもの脳は発達途上であり、可塑性という柔らかさを持っているということです。そのため、早いうちに手を打てば回復することがわかっています。そのような子どもには、専門家による心理的な治療やこころのケアを、慎重に時間をかけて行なっていく必要があります。

うまくトラウマの治療がなされないと、人生の大半において、傷が刺激され、凍結した記憶がよみがえる生活を強いられることもあります。最悪なことに、トラウマは成長したあとに、こころの病気やDV行為、アルコールや薬物依存などの形で現われることもあるのです。

子どもの脳を育むために心がけたいこと

本を読む女の子

実際に、言葉の暴力などのマルトリートメントは、どのご家庭にも存在することでしょう。時代とともに、子どもとの距離感には変化が生じ、多くの親御さんが、接し方や子育てに迷いを抱えている実態もうかがえます。だからこそ、みなさんに繰り返し、以下のことを強調したいのです。 

「マルトリートメントが頻度や強度を増したとき、子どもの脳は部位によって萎縮したり、肥大したりするなど、”物理的”に損傷する。その結果、学習意欲の低下や非行、こころの病に結びつく危険性がある」

もちろん、軽微なマルトリートメントではそのようなことは起きませんが、一度傷を負った脳をもとに戻すことは容易ではないのも事実です。このことを知っているか知らないかでは、子どもに対する言動に大きな差が生じるはずです。

とりわけ注意しなければならないのは、養育者である親と子どもの力関係は対等ではないということです。「強者」である大人が、「弱者」である子どもを怒鳴りつけ、体罰を与えるという行為は、わたしたち大人が想像するより強い衝撃を与えます。

確かに、そういった慢性ストレスで傷ついた脳であっても、適切な治療を施せば回復することは可能です。しかし、ストレスを受け続ける期間が長ければ長いほど深刻な影響があることも、みなさんに知ってほしい脳科学的な知識です。

友田明美

友田明美

福井大学子どものこころの発達研究センター教授
熊本大学医学部卒業。ハーバード大学医学部精神科学教室客員助教授、熊本大学大学院小児発達学准教授等を経て、2011年6月から現職。専門は小児発達学と小児精神神経学。著書に、『親の脳を癒やせば子どもの脳は変わる』(NHK出版)などがある。

X:@a_tomoda