親に塾代が払えないと言われた…子どもを苦しめる「かくれ貧困」

佐藤優
2023.11.20 16:18 2023.12.18 11:40

努力すれば格差はこえられるという「自己責任論」の危うさ

勉強する学生

【ロダン】生まれ育った家庭環境に差があることは、残念ながら、どうしようもないし、受け入れるしかない。だから、あたえられた環境でできることを自分なりに見つけてがんばっていくしかないんだけど、そのことを強調しすぎると、まちがった「自己責任論」のワナにハマってしまう。

【ミナト】 どういうこと?

【ロダン】それを説明するために、1冊の本を紹介します。佐藤紅緑の『ああゝあ玉杯に花うけて』という戦前の小説で、「少年倶楽部」という月刊少年誌の人気連載でした。まだコミック専門誌がなかった時代で、「少年倶楽部」はいまの「週刊少年ジャンプ」のような人気雑誌だったわけです。

【ナギサ】みんな読んでたってことですね?

【ロダン】テレビもインターネットもない時代で、娯楽も少なかったから、多くの少年たちが回し読みしていたはずです。主人公のチビ公は頭がよく、小学校時代は首席だったのに、家が貧乏の母子家庭で、みんなと同じ浦和中学校(旧制中学校。現在の埼玉県立浦和高校)に行けずに、豆腐屋で働いています。いじめっ子の巌も、仲良しだった光一も中学生になれたのに、家が貧乏というだけでスタートラインからちがうわけ。

【ナギサ】公立中学なのに。

【ロダン】といっても、当時はまだ義務教育じゃないからね。で、チビ公は中学には行けなかったけど、めげずに努力を重ね、元官僚の黙々先生が教える私塾で一生懸命勉強して、ついに光一と同じ旧制第一高校(現在の東大教養学部)に合格する。それで、いっしょに一高の寮歌「あゝ玉杯に花うけて」を歌うというサクセスストーリーです。

【ナギサ】ハッピーエンドでよかったです。それのどこが問題なの?

【ロダン】努力は報われる、育った環境のちがいは努力次第で乗りこえられるというのは本来、ポジティブなメッセージです。でも、黙々先生はこんなことも言っています。

「力はすべて腹からでるものだ、西洋人の力は小手先からでる、東洋人の力は腹からでる、日露戦争に勝つゆえんだ」「学問も腹だ、人生に処する道も腹だ」。これって典型的な精神論、根性論だよね。

【ミナト】むかしのスポ根マンガみたい。

【ロダン】何か大きなことをなしとげるには、もちろん、努力は必要だ。だけど、それも程度問題で、「努力すればなんでもできる」「できないのは根性が足りないからだ」という精神論が行きすぎると、「竹やりで敵の爆撃機に対抗できる」という戦時中のバカげた発想につながりかねない。

【ナギサ】努力や根性ではどうしてもこえられない壁もあると。

挙手をする中学生

【ロダン】それに、自分の得意分野で努力するから結果が出やすいのであって、不得意分野でいくら努力しても、思ったような成果は得られないかもしれない。にもかかわらず、努力次第でなんとかなる、ということが強調されすぎると、「できないのは努力が足りないからだ」という、まちがった自己責任論におちいりがちなんです。

【ミナト】できないのは、環境の差や、そもそもの適性のちがいが原因なのに。

【ロダン】「あなたが貧しいのはあなた自身のせいだ」「努力が足りないからだ」という自己責任論は、格差を解消するどころか、むしろ固定する方向に向かいがちです。一方、「あなたが貧しいのはあなたのせいではなく、たまたまそういう環境にいるからだ」という前提に立てば、「困ったときはおたがいさま」という助け合いの精神が発揮されやすくなります。

【ナギサ】あ、いいですね、その助け合いの精神!

【ロダン】世の中の「勝ち組」にとっては自己責任論は都合がいいかもしれないけど、いつ事故にあったり、病気になったりして仕事ができなくなるか、いつ仕事を失って「負け組」の仲間入りするかなんて、だれにもわからない。そんなとき、「それも自己責任だから」とだれも手をさしのべてくれなかったら、どうだろう?

【ナギサ】自分のせいじゃないのに、って思いそう。

【ロダン】そうでしょ? きっと以前の自分を後こう悔かいするんじゃないかと思います。自己責任論はいつだって、それを口にした人にブーメランとなって返ってくる可能性があるんです。そのことを忘れないようにしたいものです。

佐藤優

佐藤優

1960年、東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。

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