都会と地方の子どもの間で生じている「情報の格差」の問題点

佐藤優
2023.11.27 20:11 2023.12.25 11:30

女子高生

大学進学率が年々高まっている中、都会と地方には教育機会に格差が生じています。依然として進路の選択肢が少ない地方の実態とはどんなものでしょうか? 本稿では作家の佐藤優さんが、中学生のナギサとミナト、ロダン先生の対話形式をとって「都会と地方の情報格差」の問題について易しく解説します。

※本稿は佐藤優著『正しさってなんだろう 14歳からの正義と格差の授業』(Gakken)から一部抜粋・編集したものです

情報格差は当事者にとって深刻な問題

勉強する中学生の机

【ロダン】東京に住んでると気づかないかもしれないけど、都会と地方の情報格差って、地方在住者にはけっこう切実な問題なんです。

地方には地方のエリートコースがあって、地元の国立大学に入って、県庁か市役所か、地元の地方銀行に就職するというモデルしか知らないという人が少なくない。そういう人が東京の大学に入ると、それ以外の選択肢がこんなにたくさんあるんだとビックリして、地元に帰りたくなくなる、というのは実際によくあることです。

【ナギサ】生まれた県によって有利不利があるなんて、考えたこともありませんでした。

【ロダン】その地方にしか知り合いがいない環境だと、親戚のおじさんとか近所のお姉さんとか、身近なロールモデルがかぎられてしまう。親も地元で就職し、地元で結婚するのが正しい姿だと信じていたりすると、そこからぬけ出すのはたいへんです。

【ミナト】最初から自分の将来が決められてるみたい……。

【ロダン】職業選択の自由というのは近代になってから生まれた考え方で、親の仕事を子どもがつぐのが当然だと思われてた時代が長かった。いまは選択の幅がものすごく広がったけれど、身近にそういう人がいないと、そもそも別の選択があるということに気づかない可能性があります。

【ナギサ】息苦しさを感じます。

【ロダン】学校の先生が、外の世界を知るきっかけになることもある。「きみならもっといい高校、もっといい大学に行ける」と信じて、親も説得してくれる先生がいたら、あらかじめ決められた一本道からはずれて、目の前に広がる世界が一気に開けるかもしれない。

【ミナト】やっぱり、だれと出会うかが重要なんだ!

強すぎる共同体意識はよそものを排除する

落ち込む女の子

【ロダン】住民がみんな顔見知りで、どこの家のだれが何をしたというのが全部つつぬけの濃密なコミュニティが苦手な人にとっては、都会はやっぱりあこがれの対象です。だけど、一方で、その地方の中だけで人が循環する仕組みがあったからこそ、地方は荒廃をまぬがれてきたとも言えるんです。

【ミナト】若い人がみんな都会に出ていってしまえば、地方はスカスカになっちゃう。

【ロダン】たとえば、とある県では、地元の国立大学の医学部がいちばん優秀で、その次に優秀なのは、同じ大学の教育学部と決まっていたりする。その2つは別格だから、大学の卒業生で構成される同窓会も、その2つだけ別に組織されていたりするんです。

かれらは地元の医者になり、地元の教師になり、地元の役人になる。同じ地方の中でグルグルと移動しながら、少しずつ出世して、やがて地元のエライ人たちの仲間入りをする。学校の入学式や卒業式に来賓として呼ばれるような人たちです。

【ナギサ】あー! この人たちはだれなんだろうっていつも思ってました(笑)。

【ロダン】そういう人の移動サイクルのことを、政治学者のベネディクト・アンダーソンは「巡礼」と呼びました。新大陸の植民地内を転々と移動する新大陸生まれのクレオールの役人たちは、決して本国スペインの役人にはなれなかった。

でも、そのことによって、自分たちが「スペイン人」ではなく「(ラテン)アメリカ人」だと自覚することになったわけです。

【ナギサ】ここは自分たちの土地であって、母国スペインのものじゃない、と。

【ロダン】聖地メッカ巡礼がイスラム教徒の同胞意識を高めたように、クレオールたちの巡礼が、それまで自覚されていなかった国家の枠組みを定め、そこに暮らす人たちの同胞意識を育てる。

つまり、人の移動サイクルによって、どこまで自分たちの影響力がおよぶのか、どこまでが「自分たちの内なる世界」であり、どこからは「よその世界」なのかが意識されるようになる。

【ナギサ】「内」と「外」の境界線が決まるわけですね。

【ロダン】そうしてできた共同体意識がナショナリズムを生んだというのが、アンダーソンの考えです。会ったこともない人を「同じ日本人」だと思い、死ぬまで会わないだろう「同じ日本人」を守るために、いざとなったら自分を犠牲にして戦うこともいとわない。

家族や友だちのためならわかるけど、見ず知らずの他人のために命を落とすなんて、本来おかしな話なはずなのに、どういうわけか、それが受け入れられてしまうのがナショナリズムの不思議な力であり、こわいところでもあります。

【ミナト】オリンピックやワールドカップでも、ナショナリズムが盛り上がる。

【ロダン】国というのは、それくらい求心力があるということです。スポーツで盛り上がっている分にはいいけれど、それがレイシズムと結びつくと問題です。中南米からの移民、アフリカからの移民問題でゆれるアメリカとヨーロッパでは、移民排斥をうたう極右勢力がのびている。そんな時代だからこそ、異質な人たちを受け入れ、共存するダイバーシティ(多様性)が強く求められているんです。

【ナギサ】本当に、何度も何度もすりこんでおかないと、すぐに、いじめの論理が顔を出してしまうんですね……。

佐藤優

佐藤優

1960年、東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。