なぜ赤ちゃんはアンパンマンが好き? 眼科医が教える「子どもの目と脳」が育つ仕組み

松岡俊行
2024.07.08 14:12 2024.07.04 18:30

メガネを外す悲しげな女の子

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30年以上に渡って子どもから愛され続けているアンパンマン。いつの時代も変わらずに子どもから愛されるのには、子どもの目と脳の発達のメカニズムが関係しているといいます。眼科院長・松岡俊行さんの著書『スマホアイ 眼科専門医が教える目と脳と体を守る方法』より、子どもの発達と目の関係について触れた一節を紹介します。

※本稿は、松岡俊行著『スマホアイ 眼科専門医が教える目と脳と体を守る方法』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

子どもの発達と視覚の深い関係

拳をみつめる赤ちゃん(ハンドリガード)

ものを見る能力(目で捉えたものを脳で見る能力ともいえます)と、子どもの健全な発達はとても深く関わっています。いわゆる「スマホ育児」をしている親がよく心配しているのは「視力が落ちるかもしれない」ことなのですが、実は心配なのはそれだけではありません。

人の持つさまざまな能力が一気に伸びる数年間のことを「臨界期」と呼びます。それぞれの能力を育むために必要な脳のネットワークが構築される時期であり、聴覚や言語などにも臨界期が存在します。そして、視覚の臨界期とされるのが、生まれてから6歳ごろまでの期間なのです。遅くとも10代前半までに視覚は発達しますから、それまでの期間、特に6歳までの過ごし方が極めて重要です。

生後間もない赤ちゃんの視力は、わずか0.01~0.02程度です。新生児は色の区別もついていません。明暗の差はわかりますが、両目のピントを合わせたりすることはできません。

1週間ほどすると親の顔を認識してじっと見つめたりします。たまらなく可愛い瞬間です。さらに生後3ヶ月になるころまでには、動くものを目で追ったり、はっきりした色や模様を認識するようになります。最初に認識する色は赤で、刺激の強いビビッドな色から順次認識していくといわれています。

4ヶ月にもなると、ものに手を伸ばしたりし始めます。目のピントを合わせたり、奥行きを捉える能力が備わってくるからです。視力はまだ0.1程度ですが、目の使い方を覚えるにしたがって、いろいろなものに興味を示したり、実際に体を動かしたりするのです。そして生後8ヶ月くらいになると、視覚と手の動きと記憶力が連動し始めます。ボールや積み木を触りながら、色や形、手触りを記憶していくんですね。

こうして見る能力をぐんぐん伸ばし、視力も6歳になるまでに1.0に伸び、ほぼ子どもの目は完成します。

人は目から育っていく

パパと目をあわせる赤ちゃん

赤ちゃんの目の発達からわかるのは、人間がいかに視覚情報から多くの影響を受け、感じ、学び、成長しているかということ。特に子どもが飛躍的に成長する時期に「何を見ているか」は、決して軽んじてはいけないのです。

いろんな色や形のおもちゃで遊んだり、絵本を読んでもらったり、外で虫を追いかけたり、ボール遊びをしたり…といった子どもらしい経験によって視覚が刺激され、驚くほどの勢いで発達していくのです。脳にある視覚野の発達は、視覚刺激や経験によって形成されます。

そんな時期に子どもがスマホ漬けになっていたら、どうでしょうか。たしかに、スマホを通して見る映像や画像も刺激の一つです。

ですから決してスマホを見せてはいけないわけではないのですが、だんだんとスマホに頼る時間が増え、子どもがスマホに依存してしまうような事態になると、多彩な色や形に触れる機会が減ってしまうだけでなく、近視になったり、内斜視になってしまったり、視野が狭くなってしまったりと、スマホアイになってしまうリスクが高まります。

見ることから興味関心が生まれる

遊ぶ子

みなさんもアンパンマンはご存知だと思います。いつの時代も子どもたちから大人気です。

ところで、なぜアンパンマンはあんなにも子どもたちの心を惹きつけてやまないのでしょうか。一説には、子どもが興味を持ちやすい色と形がその理由ではないかといわれています。

前述した通り、生後間もない赤ちゃんは目の機能が未熟で、6歳ごろまでに発達していきます。この発達の段階で早くに興味を示すのが、色では赤などの明るい暖色系、形では丸型だというのです。まさにアンパンマンは、赤ちゃんが好きな姿形をしていることになります。つまり見えているものに反応し、好きになったり、触れてみたくなったりするわけです。

私たちは、いろいろなものを「見る」ことで、興味が出たり、好奇心が湧いたり、注意を払ったり、集中したりできます。赤ちゃんがガラガラを目で追う。子どもが気になるものを見つけて、「あ!」と声をあげ指でさす。

見えることが当たり前だと、つい忘れてしまいがちですが、目は学習や行動や感動のいちばんの入り口なのです。

ベッドメリーが子どもの能力を伸ばす理由

モビール(ベッドメリー)の下で眠る赤ちゃん

ベビーベッドの上で動くモビールやベッドメリーは、出産祝いの定番です。子どもがおとなしくしてくれて非常に助かりますが、このおもちゃの価値はそれだけではありません。生まれてまもなく、目の前がぼんやりと見え、ものが動いていることがわかる程度の時期に、このおもちゃが目に見える位置にあることには、脳に情報を送り、発達を促す知育の意味があるのです。

目と脳の機能は、生まれてから6歳までの間に飛躍的に発達すると前述しました。この時期に見る、聞く、話すといった機能に必要な神経ネットワークが、外部からの刺激を通じて整備されていきます。その結果、視覚や聴覚、嗅覚、言語習得といった能力が格段に伸びるのです。

赤ちゃんの脳は大人に比べて非常に柔軟で急激に発達するのですが、視覚の変化は赤ちゃんを外から見ていてもわかりにくいかもしれません。

でも言語であれば、喃語(なんご)からはじまり、1語や2語がやっとだったものが、5歳や6歳ぐらいになると淀みなく話せるようになりますよね。

それと同じような発達が、視力でも起こっていると思ってください。

生後すぐは0.01ほどしかなかった視力も、早い子は3歳、遅い子でもだいたい6歳までには1.0に達します。このころには両眼視や色彩の識別、色の違いの認識といった能力も完成しています。

このとても大切な期間にお子さんの目と脳の「見る能力」をしっかり伸ばしてあげるには、何を意識すればいいのでしょうか。

答えは「いろんなものを見せること」。目から脳へ、たくさんの情報を刺激として送ってあげることがいちばんです。

そのための道具の一つが、モビールやベッドメリーというわけです。昔から子育ての場で重宝されてきたものには、やはりそれだけの価値があるということでしょう。

見る経験の多彩さが重要

草原を歩く親子

お子さんがもう少し大きくなってからは、外へ出かけるだけでも、よい訓練になります。

家のなかと比べれば、見渡せる距離も、目に飛び込んでくる色や形の豊富さも、視線の動きの大きさも、屋外は段違いです。

家のなかでは遠くてもせいぜい3メートル、5メートルぐらいでしょう。しかし外に出れば、50メートル、100メートル先のものを見ることもざらにあるため、遠近感が発達すると同時に、脳も鍛えられるのです。

画面の一点を凝視するスマホと違って、屋外には周りに動くものがたくさんありますから、両目を動かして物を追う能力も発達します。

この間に脳内で何が起こっているのかというと、刺激が入ってくることで情報処理を行う神経細胞同士を結びつけるシナプスがどんどん増えていき、未熟だった神経回路が再構築されています。

さらに、効率よく処理できるようにシナプスが洗練されていくことで神経回路のネットワークが最適化され、視機能の完成度が高まります。

大切なのは経験です。あらゆる情報(刺激)を目から入れることで脳が鍛えられ、色や形、遠近感などを認識する機能の発達につながります。

ただし、臨界期にはタイムリミットがあることに注意してください。6歳ごろを境に、神経回路は変化が鈍くなります。こうなると同じ経験を積んでも、得られるリターンが、ガクッと減ります。10歳ごろまでならなんとかカバーできますが、臨界期とそれ以降では、大きな差があると思ってください。

松岡俊行

松岡俊行

医学博士、眼科専門医。1992年京都大学医学部医学科卒。1996年京都大学大学院研究科、2001年10月、ロンドン大学UCL(University College London)客員研究員。京都大学大学院在学中に「Science」に、ロンドン留学中に「Nature」に論文掲載。2008年、京都大学 大学院 医学研究科准教授。2019年、大阪府吹田市に江坂まつおか眼科を開業。2021年、医療法人アメミヲヤ設立。2022年、「近視の撲滅を目指す Dr.まつおか」YouTubeチャンネル開設。

X:@matsuoka_ortho

スマホアイ 眼科専門医が教える目と脳と体を守る方法

『スマホアイ 眼科専門医が教える目と脳と体を守る方法』(松岡俊行 著,アスコム刊)

スマホを使いすぎると、目に悪い。誰もがそう思っているはずです。 視力が落ちる、目が疲れる、乾く、かすむ…でも実は、スマホの本当の怖さは別にあります。
視力検査の数字が悪くなくても眼球運動が鈍くなる、視野が狭まる内斜視の原因になる、依存性を高めるなどの悪影響が生じることがあるのです。それらが、運動能力や学習能力、コミュニケーション能力の低下も招くとしたら......
そんな「スマホアイ」の恐ろしさと、スマホとの上手な付き合い方を眼科医の知見から解説するのが本書のテーマです。