「クラシック音楽を聴くと頭がよくなる」は本当? データから読み解く音楽と学力の関係
「クラシック音楽を聴くと頭が良くなる」という説は広く知られています。しかし、そこに科学的な根拠はあるのでしょうか? 書籍『世界標準の子育て大全』より、ブラウン大学経済学者で二児の母もあるエミリー・オスターさんによる、”楽器演奏や音楽教育が子どもに与える影響”についての考察を紹介します。
※本稿は、 エミリー・オスター [著], 鹿田昌美 [翻訳]『ブラウン大学経済学者で二児の母が実証した 世界標準の子育て大全』(PHP研究所)から一部抜粋・編集したものです。
クラシック音楽を聴くとIQスコアが向上する?
「音楽のレッスンは頭をよくする。楽器を演奏する子どもは数学が得意」
あなたもきっと、この言葉をどこかで聞いたことがあるだろう。
こういった考え方の出処を正確に知るのは難しいが、明らかな後押しとなっているのが、「モーツァルト効果」に関する科学文献だ。1993年、カリフォルニア大学アーバイン校の3人の研究者が、刺激的な論文を『ネイチャー』誌に発表した。クラシック音楽を聴くとIQスコアが向上するという因果関係のエビデンスを発見したというのだ(1) 。
研究者たちのやり方は非常に単純だ。36人の大学生を対象に、それぞれに3つの空間推論タスクを課した。タスクのスコアは、IQテストのスコアに換算できる内容である。各タスクの前に、学生たちは10分間の休憩を取り、次の3つの条件のいずれかを与えられた。
①10分間のモーツァルト(『2台のピアノのためのソナタニ長調』)、②10分間のリラクゼーション音楽、③10分間の無音、の3つだ。誰が何を与えられるかはランダムに決定し、最終的にはモーツァルトを聴いた学生の成果を、他の2つのグループと比較した。
何よりも驚かされたのは、その効果の大きさだ。データをIQスコアに換算すると、リラックスしたり沈黙したりしているよりも、モーツァルトを聴くことで、IQが8〜9ポイント向上することがわかった。
これは非常に大きな効果であり、ほぼ標準偏差全体に相当する。音楽を数分間聴くだけでこの結果が得られるのなら、”演奏する”となると、どんな効果が得られるのだろう―少なくとも、こんな解釈ができるのだ。
この発見は斬新で、挑発的で、刺激的だった。絶大な効果である。この研究が『ネイチャー』誌に掲載されたのは驚くようなことではない。
ただし、このような影響には常に用心するのが賢明だ。データは扱いが難しい場合があり、偽陽性の結果が出ることもある。”これほどの”驚くべき結果が出た場合は、特に慎重になる必要がありそうだ。
そして実際、これを再現しようと複数回におよんで試みた結果、同じ効果は示されなかった。後続の文献を要約した1999年の論文では、実際の効果は元のサイズの4分の1以下であり、統計的に有意であるという信頼性はなく、特定のタスク(紙の折りたたみと切断を含む空間推論タスク)に限定されていると主張している(2)。
さらに、この文献によると、効果的なのはモーツァルトではなく、このタスクの能力を向上させるあらゆる種類の楽しく刺激的な音楽である可能性があるのだ。通学中の車でクラシック音楽を流して、わが子のテストの得点を上げようとしても、期待通りにうまくいく可能性は低そうだ。
音楽を習っている子どもは一般的に、学業成績がよい
ただし、子どもの音楽指導への参加と学校の成績を単純に関連づけた、はるかに大規模な研究がある。これによると、楽器を演奏したり音楽のレッスンを受けたりしている子どもは、一般的に学校での成績がよい傾向にある(3) 。
効果は長期的であり、時間が経つにつれて大きくなる。楽器を演奏する子どもは、小学校で一定の成績を維持した後、高校での成績もよくなることがわかっている(4) 。
これは、「音楽の指導を”理由に”成績が向上する」ことと同じ意味ではない。また、「クラシック音楽を演奏すると、脳内で何らかの形で相乗効果が発揮されて数学の成績が上がる」という、私が数人から聞いた情報から遠くかけ離れている。
このような影響について確信を得るには、ランダム化されたデータを確認する必要がある。研究は少数だが存在し、中には、音楽教育を導入している学校のプログラムから得られたデータもあった(5) 。
ある要約論文に、こうした実験のうちの5つの実験がまとめられていた。3つの実験結果は学校の成績にささやかなプラスの効果を示し、2つの実験結果は効果を示していなかった。このような実験は、プラスの効果に偏った公表をする傾向にあることを考えると、これは素晴らしい比率ではないように思える。
テトリスもチェスも同じ「脳育」
一方で、楽器の演奏が脳を”変化させる”ことはわかっている。脳の可塑性、つまり、その人の行動が脳内の変化に影響するという考えについての興味深い研究があり、そのいくつかは音楽家に焦点を当てている(6) 。
例えば、ヴァイオリン奏者とピアノ奏者の脳は異なって見えるが、これはおそらく、両手を調和させながら音を出すヴァイオリンと、鍵盤を両手別々に操作するピアノとの違いが反映されているのだと思う。
こういった脳の研究を重視して、音楽が特別に重要であると結論づけたくなるかもしれないが、実際には、私たちが行う”すべてのこと”が脳に変化をもたらしているのだ。
例えば、他の研究では、テトリスをプレイすることで脳の空間的につながった領域が強化されることが示されている。注意してほしいのは、チェロを演奏すると脳の一部の白質が増加するからといって、チェロの演奏が数学のテストの点数向上にとりわけ効果的だという意味ではなかったことだ。
結局のところ、音楽と学業成績の関係のほぼすべては、音楽による何らかの治療効果というよりも、「セレクション」であり、具体的には、音楽を演奏する子どもとしない子どもの家族背景や、性格の違いによる学業成績の差であるといえる可能性が高いと思われる。
これは、子どもに楽器を演奏させることに価値がないという意味ではない(この件については後ほど詳しく説明する)が、数学のテストの点数を上げる目的で習い事を探すのなら、私は音楽教育ではなく他をあたると思う。
同じことはおそらく、ほとんどの習い事に当てはまる。深く掘り下げると、さまざまな相関関係が見つかる。演劇、音楽、美術、チェスを習っている子どもは、おそらく学校で比較的よい成績を収めていることだろう。しかし、因果関係を示すデータは何も見つからない可能性が高いのだ。
[注釈]
(1) Rauscher, Frances H., Gordon L. Shaw, and Catherine N. Ky. “Music and Spatial Task Performance.” Nature 365, no. 6447 (1993): 611.
(2) Chabris, C. “Prelude or Requiem for the ‘Mozart Effect’?” Nature 400 (1999):825–27.
(3) Demorest, Steven M., and Steven J. Morrison. “Does Music Make You Smarter?” Music Educators Journal 87, no. 2 (2000): 33–58.
(4) Woodard, Bill. “KU Research Establishes Link Between Music Education, Academic Achievement.” University of Kansas (2014).
(5) Hodges, Donald A., and Debra S. O’Connell. “The Impact of Music Education on Academic Achievement.” University of North Carolina at Greensboro (2005): 2010.
(6) Schwenkreis, Peter, et al. “Assessment of Sensorimotor Cortical Representation Asymmetries and Motor Skills in Violin Players.” European Journal of Neuroscience 26, no. 11 (2007): 3291–302.
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