子どもを勉強好きに変えた話術とは? 室井佑月さんの「母一人、息子一人の中学受験」(前編)
作家の室井佑月さんが、息子さんの中学受験から高校卒業までを振り返り、子育てについて率直に語ってくれました。今は24歳になり、社会人として働く息子さん。親子で挑んだ受験の日々は、決して順風満帆ではなかったものの、親子の信頼を深める貴重な時間だったといいます。(取材・文/吉澤恵理)
優しい性格の子の将来を考えて出した結論は「中学受験」
――中学受験を決めたきっかけは?
室井佑月さん:いくつか理由がありますが、一番は、息子のお人好しな性格ですね。何でも「貸して」と言われると、ゲームでも何でもあげちゃうタイプで、最後にはどこに行ったか分からなくなる。でも、それは息子の良いところでもあるし、無理に直せとも思わなかったんですよ。
この先、長い人生の中で、その優しさを持ち続けてほしいと思ったんです。ただ、物は盗まれたり失くしたりするけど、学力や知識は誰にも奪われない。もし私が微々たるお金を残しても、すぐになくなってしまうし、学びを彼の財産にしてあげたいと思ったんです。
それから、当時、私が仕事で忙しく、学童を卒業した息子にベビーシッターをつけていました。でも、塾に通わせる方が安かったので、それなら塾で勉強したほうがいいかなと思いました。
――息子さん自身は、中学受験に意欲的でしたか?
はい。息子が「やる」と言ってくれたからこそ、私も全力で応援しようと思えました。正直、親のエゴで受験を押し付けることはできないですからね。
「男子の思春期と母」の問題を考えた受験校選び
――受験校はどのように選びましたか?
室井佑月さん:うちは、私が女手一つで育てたので、家に来る友達も女性ばかり。男兄弟もいないし、思春期になったときに男の子特有の悩みが出てきたら、私は答えられないだろうと思ったんです。それで、寮のある中学校を受験させようと決めました。
寮生活なら、年の近い同性の友達がそばにいるから、悩み事も相談しやすいだろうし、生活面でも自立できる環境だと思ったんですよね。
それから、以前、読んだ北海道新聞の記事が印象に残っていたんです。地元の銀行が倒産したとき、寮出身の子たちが、いろんな会社で働いてるから、互いに支え合って再就職率100%だったって。その話を聞いて、寮生活は学力だけでなく、助け合いの精神も育てる場所なんだと感じて、寮がある学校と決めていました。
――学校選びの決め手になったことは?
実際に4つの学校を訪問して、寮の様子や学校周辺の環境を見て回りました。学校の雰囲気が息子に合いそうな学校を志望校にしました。
それから、テレビで高校生クイズを見ていて、たまたま鹿児島ラ・サールの学生が、試合前に手をつないでお祈りしている姿を息子が見たんです。その様子がかっこいいって。それで『この学校がいいんじゃない?』みたいな軽いノリでしたね。笑
銀座で磨いた「褒める技術」で息子が勉強好きに
――受験期は、息子さんに「勉強しなさい」といいましたか?
室井佑月さん:直接言うと逆効果ですよね。私、男と女は平等でも性差はあると思っていて。ホステス時代の経験から、男性は褒めると動くって知ってたので、息子にも「あんた、勉強好きだから」って言い続けました。そうしたら、いつの間にか「オレ、勉強好きだから!」って言いながら机に向かうようになりました。
――中学受験の専門塾に通う子どもたちの中には、塾の成績を上げるためにさらに別の塾や家庭教師をつけるという家庭もあるようですが、他の塾などに行きましたか?
室井佑月さん:それは、家庭によって考えは違いますが、そういうのは私は無駄だと思ってます。
私は中学受験の経験がないから、息子と一緒に星座を覚えたり、家中に暗記用のカードを貼ったりしました。天井にまで貼ったときは「さすがにやりすぎ?」と思いましたけどね(笑)。
塾のテストが返されると、一緒に間違えたところをチェックして、おさらいしたり。
勉強につまずいた時は、前に戻ってやり直すと、できるようになったり。そんな経験を繰り返すうちに、息子も少しずつ「やればできる」って思えたみたいですね。
中学受験は「親子で一緒に頑張る」最後の経験
――第一希望には合格できましたか?
室井佑月さん:実は第一希望には落ちたんです。でも、先に第二志望の合格が出ていたので、親子ともに大きなショックはなかったですね。
たしかに落ちた瞬間は少しがっかりしましたけど、今考えたら「長い人生の中のたった1年の出来事」なんですよね。受験って、あくまで通過点でしかないんです。第二志望に進学しても、息子は十分に成長できたし、結果として良い選択だったと思っています。
――中学受験の「失敗」を引きずる親もいるようですが、どう感じますか?
室井佑月さん:私は、中学受験は成功でも失敗でもないと思います。
だから本当に人生の中で、中学受験は短い期間なんですよね。実はその先、親子で一緒に何かを頑張る機会なんて、もうほとんどないんです。だからこそ、合否は問題じゃないと思います。
仕事柄、いろいろな人の話を聞きますが、公立小中高校から良い大学に進んで、バリバリ活躍してる人もいます。
結局、人それぞれの道があるんですよ。学力だけを重視すると、かえって失敗することもあると思います。
――中学受験に挑戦してよかったですか?
室井佑月さん:はい、やってよかったです。学力だけじゃなく、親子で一緒に頑張れたことがよかったです。
(後編では、息子さんが中・高校生活を通じてどのように成長し、大学受験、そして社会人への道を歩んでいったかを詳しくお伝えします)