医師が警告する「乳幼児期に言うことを聞かせすぎる」危険性

佐々木正美
2024.01.16 17:52 2024.02.22 11:40

思春期のイメージ

乳幼児期に親から愛情を注がれていたかどうかは、その後の人生にも大きな影響を及ぼします。親の愛情を感じられなかったことで心が安定せず、中には摂食障害に陥ったり、安易に性交渉を繰り返すようになるケースも珍しくないといいます。児童精神科医の佐々木正美さんが語ります。

※本稿は、佐々木正美著『【新装版】抱きしめよう、わが子のぜんぶ: 思春期に向けて、いちばん大切なこと』(大和出版)から、一部抜粋・編集したものです。

「親への復讐」と口にする少女たち

外をながめる女子中学生

思春期の、特に女の子たちは自分の容姿や体型に非常にこだわります。決して太っていない、むしろやせているのに「太っている」と思い込み、過剰なダイエットをして、そのうち食べ物を拒否するようになったりします。「拒食症」と呼ばれるものです。

一方で、不安やさみしさといったストレスを感じると、大量にものを食べて、吐いてしまうまで食べ続ける子もいます。「過食症」と呼ばれるもので、食べたあとに自己嫌悪に陥り、多くの場合、自己誘発性嘔吐という、自分でのどに指を突っ込んで食べたものを吐く行為をともないます。

拒食症、過食症をあわせて「摂食障害」といいます。摂食障害の本質は心理的な問題です。食と生命は一体のものですが、自分の存在への不安が大きくなると、屈折したかたちで病的な食習慣となってしまうのです。ですから、心理的な問題が解決されないと、障害は改善されません。

私は東京女子医科大学病院の小児科に非常勤で21年勤めていました。そこには摂食障害を抱えた10代の子どもが絶えずといっていいほど、外来を訪れたり、入院したりしていました。

圧倒的に女性が多いのですが、彼女たちが少し話せるようになったときにいう言葉は、「私のしている行為は、親への復讐だ」というものが意外に多く、驚きました。はっきりと文章に書いた少女もいました。親に心配をかけるのが目的だというのです。

拒食、過食、それにリストカットも含め、そうした行為の背景には、「もっと私のことを愛してほしい」「見守っていてほしい」という気持ちが強くあって、そうされなかったために、だれかを恨む、復讐する、攻撃するという感情が潜んでいるのです。繰り返し入院してくる何人もの少女たちを見ていて、そう確信しました。

彼女たちの恨みや憎しみのもとにあるのは、自分が望んだような愛情をくれなかったということです。

たとえば、幼いころ保育園に最後まで残されたとか、学校にあがると「勉強しなさい」とばかり言い続けられたとか、ほめることはせず、できないことばかり「ダメじゃない」と責め続けられたといったことです。

スマホをいじる男の子
こういう例もありました。小学校4年生の少年の例で、とても珍しいケースです。彼の家は3世代で生活していましたが、お母さんが入浴中、義父にのぞかれてしまいました。そのことがあってからというもの、お母さんにとって、義父との同居はとても不愉快なものに変わってしまったのです。

そして、ある時期から、夫と義父に顔つきや物腰がよく似ている息子に対して、強い拒否感が働くようになりました。

彼は、母親の拒絶がきっかけで男の子には珍しい拒食症になってしまいました。お母さんは夫を拒否し、義父を拒否しているのですが、結果として、その夫と義父に似ている息子に対しても強い拒否感を抱いてしまったのです。

拒食症は食べ物への拒否ですが、そこには自分をとりまく人やすべての物事に対する拒否の感情があります。それはまた、自分のそれまでの半生への否定でもあるのです。

少年は母親に自分の存在を否定されたことにより、母親に対する拒否感が働き、拒食症になってしまったのです。彼は拒食症と闘っている間、母親への恨みをあれこれ綴っています。母親に対して敵討ちのような、攻撃的なことを書いていました。

こうした強烈なエピソードがなくても、多くの拒食症・過食症の子どもは、親に対して拒否的で攻撃的な感情をもっています。

私は単純に、お母さんがいたらなかったとは思いません。むしろ、摂食障害の子どもをもつお母さんは、夫に失望していることが多いように思います。あるいは離婚していて片親のケースもあります。

すべての親がそうだというわけではありませんが、摂食障害の子どもたちのお母さんの話を聞いてみると、夫に対する不信感を口にする人が少なくありません。家庭での生活に非協力的だったり、その理由はいろいろでしょうが、夫婦間がうまくいっていないと、母親はゆたかな愛情を子どもに注ぎにくくなります。

自分が満たされていないから、子どもに十分な愛情をかけてあげられなくなってしまうのです。

わが子を救う鍵をにぎっているのはお母さん

落ち込む女の子

では、摂食障害になった子は、どのようにして立ち直ることができるのでしょうか。さまざまなきっかけがあると思います。

方法はひとつではありません。お母さんが一生懸命ご飯をつくって食卓に並べてくれたり、いっしょに寝て愛情を思いきり子どもに提示してくれたことで立ち直る子もいれば、母親ときっぱり決別したことで立ち直る子もいます。

いずれにしても、拒食症のきっかけがお母さんであることが多いように、立ち直りのきっかけもお母さんである場合が多いのです。

青少年のひきこもりの臨床に、長年、入寮制度を取り入れて取り組んで来られた精神科医で生野学園理事長の森下一氏は、「ひきこもりから社会に向けて再出発する際の第一歩が、母親への信頼の回復であることが多い」といわれますが、本当だと思います。

拒食症もそれと同じようなことなのです。摂食障害は、その子が望むことを全面的にしてあげること、そして、母親への信頼を回復することで立ち直ることが多いのです。

【まとめ】摂食障害は、その子が望むことを全面的にしてあげること、そして、母親への信頼を回復することで立ち直ることが多いのです

子どもはいつも、親の期待に一生懸命こたえようとしている

親子で手を取り合って

私のところにやってきたある女子大生の話です。彼女のご両親は「できのいい、自慢の娘だ」とおっしゃっていて、実際、勉強もよくできたのですが、妊娠と人工中絶を何度も繰り返すという状態でした。何度繰り返したかわからないほどです。

でも孤独でいられないために、すぐヒッチハイクをして車を止めて、性的な関係をもってしまうということでした。気持ちが沈んでくると、衝動を抑えられないのです。

なぜ彼女はそのような状態になってしまったのか。その根底には、親の期待に一生懸命こたえようとして、がまんや無理を重ねていたことがあります。

その無理が原因で、彼女は自己破壊的な行動を繰り返し、実家にいると何をするかわからない状態が続いたため、両親の了解のもと病院へ入院させました。入退院を繰り返していたのですが、看護士や医師の献身的なサポートにより、徐々に精神的に安定するようになっていきました。

回復するのに1年以上かかりましたが、ひとり暮らしをはじめ、現在は自立した生活を送っています。

ひとつ残念だったことは、彼女がよくなっていく過程に、両親の変化はなかったことです。最後まで自分たちの育て方は間違っていない。こんなふうになってしまった娘に失望しているという様子でした。彼女が安定を取り戻したのは、親ではなく医療スタッフの理解とサポートによるものが大きかったのです。

母親と娘
みなさんには子どものことを全部受けとめられるお父さんお母さんであってほしいと願っています。親がわが子に「こうあってほしい」「こんな人間に育ってほしい」と願うのは当たり前ですし、愛しているからこその願いでしょう。

しかし、その期待が強すぎると、子どもはそれを重圧に感じて息苦しくなってしまいます。小さいときから、聞き分けのいい子でいなさいとか、お稽古事や勉強がよくできるようになりなさいと、自分の希望を伝えすぎていませんか?

そして、希望どおりにならないと、「どうしてできないの!」と責めたり、「お母さんのいうことが聞けないの!」などと、頭ごなしに叱ったりしていませんか?

子どもはお父さんお母さんが大好きですから、その期待にこたえようと本当はがんばっているのです。がんばっているのに、そんなふうにいわれたらどう思いますか?

「自分はダメな子だ」「お父さんお母さんはわたしのことがきらいなんだ」と自分を否定したり、親に見捨てられたという感情を強くもってしまうでしょう。

子どもはいつだって、親の期待にこたえようとがんばっている。

子どもが思いどおりにならないと、ついイライラしてしまいがちですが、子どもは子どもなりに一生懸命がんばっているのだということを、認めてあげてほしいと思います。それを否定して、「親に見捨てられる」と思わせてしまうことは、本当に危険です。

子どものいうことを聞いてあげる、要求を満たしてあげる、できないことを指摘するより、できていることを見つけて「がんばってるね」といって応援してあげる。こうして育てていくのがいいのですね。

思春期以降の精神的な危機の問題は、その最初のステップである乳幼児期に親のいうことを聞かせすぎた結果であることが多いのです。あるいは子どものいうことを聞いてあげながら育児をすることが不足した結果だといってもいいでしょう。

子どもに期待を寄せることよりも、今がんばっていること、できていることを見つけて、「よくがんばってるね」と認めてあげてほしいと思います。

【まとめ】「こうしなさい」ではなく、「がんばってるね」とたくさん応援してあげましょう。

佐々木正美

佐々木正美

昭和10年前橋市生まれ。昭和42年、新潟大学医学部卒業。東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学児童精神科に留学し、児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園(重度知的障害児居住施設)や東京大学精神科助手を経て、神奈川県児童医療福祉財団・小児療育相談センターに所長として20年間勤める。その間、東京大学精神科、東京女子医科大学小児科、お茶の水女子大学児童学科等で非常勤講師、ノースカロライナ大学で非常勤教授を務める。川崎医療福祉大学特任教授、横浜市総合リハビリテーションセンター参与などを歴任。2017年没。著書に『子どもへのまなざし』(福音館書店)など多数。

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